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LESSONⅦ:第67話

 主に国際線を扱う空港から、幼いころに住んでいた海岸沿いの街まで三十分くらいだった。  ドライブには少々もの足りない距離だが、初めてふたりでドライブするにはちょうどいい。    県道をまっすぐ太平洋へ向かって車を走らせる。  アクセルを吹かすと大げさに鳴る吸気音とバランスの取れた排気音がナギサの気持ちをさらに高ぶらせた。ただでさえ、隣に雅紀が乗っているから饒舌になりそうな口を抑えるだけで精一杯だ。  オーディオでイギリスのハードロックをかけると雅紀は満足そうに顎でリズムを取っている。 「ナギサはブリティッシュ・ハードロックが好みなのか?」 「ううん、特別にどのジャンルが好きっていうわけではなくて、その日の気分でいろいろと聴くようにしているんだ。今日はさっき漣音がイギリスの話をするから、なんだか聴きたくなっちゃって」 「そうだなぁ、ナギサの高音域なら、メタルとかも合いそうだけど。ハードロックやメタルを歌ってみたいなら俺が曲を書くぞ」  理人の作る曲はロックではなく典型的なJポップを継承している楽曲が多い。  もともと理人もロックが好きだったようだが、ナギサを売り出すにはロックではなく、Jポップ路線のほうがよいと戦略を立てた。ジャンルへのこだわりがなかったナギサは歌える場所があるなら、なんでも歌ってみたいという意欲は十分ある。 「ウチの事務所からお許しが出れば、ボクはどんな曲でも歌うよ」 「俺さ、バンドを解散してから女性ボーカルばかりプロデュースしてきたから、どちらかというと曲調もポップスやダンスナンバーが多かったんだ。でも俺が作りたい曲はいまでもロックだ。だからナギサが興味あれば俺がプロデュースすることも可能だぞ?」 「楽曲提供ならまだしも、プロデュースとなったら、理人さんが黙ってないと思うけど」  ナギサの所属事務所が大手の言うことを断れないことは分かっている。雅紀が本気を出さなくても「株式会社R&R」からナギサを引き抜くことなど朝飯前だろう。 「高輪理人は業界でもかなり注目されている作曲家でありプロデューサーだ。正直、俺の立ち位置も彼にいつ奪われてもおかしくないくらいなんだ」  彼は腕組みをして窓の外を眺めている。仕事上、味方でいることができないナギサはうまく声をかけることができなかった。 「まぁ、そういう存在が現れてくれたほうが、切磋琢磨できるというか。張り合いがあるよな。絶対に俺がナギサをプロデュースするまで音楽業界から去るつもりもないが」  稠密に緑が広がる山林に挟まれた道を抜けると視界の先にまっすぐな地平線が見えた。そのまま海岸へ続く広々とした道でナギサはシフトレバーへ手をかける。

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