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LESSONⅦ:第70話
雅紀はナギサの顎先を人差し指と親指で挟み、目を合わせるように上を向かせた。
それは五秒にも満たない長さだけれど時が止まったかのように瞳を覗き込まれている。
「ナギサ、俺のこと好き?」
吐息交じりに囁きながら雅紀はスローモーションのように唇を重ねた。
押しては返す波の音だけが車内に取り込まれる。まるで車の吸気音のように。
彼の唇は波のうねりみたいに唇を吸ったり啄んだりを繰り返した。
ナギサが抵抗などするそぶりがないことを確認した雅紀は舌先で前歯をノックする。
呼応してわずかに歯間が開くと、その部分から舌が進入し、口内の味をたっぷり堪能するように駆けずり回る。それから怯えるように縮こまっているナギサの舌へ絡みついた。
「ん……っ」
そんな深いキスを知らないナギサは勝手に漏れる喘ぎ声を制御することと、舌を動かすことで精いっぱいだ。
初めてキスしたときは驚きと怖さが入り混じって噛みついてしまったのに、いまは違う。
少しずつ雅紀のことを受け入れようと身体と気持ちが連動できるようになったようだ。
でも、まだきちんと「好き」と雅紀に伝えることができない。
どんなタイミングで言えばいいのか、言葉にした瞬間、雅紀の恋人になれるのかどうか、よけいな思考ばかりが浮かんでは消える。
「……海、行くか」
その先を求める準備が整ったころ、舌が抜かれて、唇が離れてしまった。
火照る身体をどうやって鎮めたらいいか分からない。こういうときに「好き」と言えば雅紀はキスを続けてくれるのだろうか。
物欲しそうな上目遣いをしてしまっている自分が恥ずかしい。
「うん……、そうだね」とナギサはもの足りなさを感じながら俯いて頷いた。
車の外に出ると強い海風が吹いている。
風によろめきながら不安定な砂浜を歩いていると雅紀の手のひらがするりとナギサの手の中に滑り込んだ。
雅紀の氷上のような顔つきからは想像できないくらい彼の手はいつも温かい。
迷う心を底から払拭されるような浄化作用さえありそうだ。
ナギサは足元を見ていた目線を上げると真っ青な空に飛行機が横切る。
もしかすると漣音が乗っているかもしれない。いや、乗っていなくてもいい。ナギサは自分のヒット曲を口ずさんだ。
〈ねぇ、漣音。まだ雅紀さんのこと、好きでしょ? もしボクとの関係がなかったら、もう一度やり直すつもりで、日本へ来たんじゃないの?〉
波の音はずっと一定だった。
脳内にもなにも映像は流れてこない。この海はいつも漣音に代わって答えてくれていたというのに。
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