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LESSONⅦ:第71話

「ナギサ……」  【偏愛音感】で聞き取った雅紀にきつく抱き締められた。  背の高い彼の腕のなかにいれば海風はぜんぜん気にならない。 「もし、漣音が雅紀さんのことをまだ好きだとしても、ボクも……ま、雅紀さんのこと……す、好きだし」  歌うことをやめて、ナギサは雅紀の腕のなかであふれる想いを零す。  頭のてっぺんに温かさを感じたと思ったら雅紀が髪に口づけをしていた。 「漣音みたいに違う人と付き合ったりできない。だって雅紀さんしか好きになったことないから」  抱き締めている腕の強さが増した。  このまま彼のなかに吸い込まれてひとつの人間になってしまうくらいに強く。 「あぁ、もう」  小刻みに大柄な身体を震わせる雅紀は顔全体をナギサの髪に埋めた。 「大好きで仕方ないナギサに好きって言われる日が来るなんて……。地球が何者かにひっくり返されて、全人類が宇宙に投げ出されても構わないくらいに嬉しい」 「それは大げさじゃない?」 「だってさ、偶然見かけた動画で見つけたナギサと恋人になれるなんて思ってもみなかったから」  恋人、という響きにナギサは胸の奥で燻っていた靄が晴れてゆくのを感じた。 「ナギサの歌声と出会ったころの俺は、この先どうやって音楽を続けていくか毎日悩んでいたから……」  耳元で喋る雅紀の人の鼓膜から脳内を溶かすような低く甘い声はナギサの神髄を揺るがす。ここが外だろうが誰かが見てようが、兄の元恋人だろうか関係ない。いますぐ雅紀と繋がりたい気持ちで支配されてゆく。 「俺から音楽が消えたら、なにも残らない。助けたかった漣音を傷つけてしまった上に、どこかへ消えてしまった。無一文になるより、大切なものが俺にはあったんだと、そのときようやく気づいた」  息継ぎをするように彼は小さく溜息をついた。 「ごめん。漣音と俺が過ごした時間のことなんか聞きたくないよな」 「ううん。ボクは聞いておく必要があると思う。母の言うことなんか信じないで漣音を探し出せばよかったと後悔していたから」  雅紀は、そうか、と頷く。しばらくナギサの身体で充電するかのように抱き締めたのち、再び話し始めた。

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