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LESSONⅧ:第76話
気が付かないうちに雅紀は一晩泊まる宿を探して予約してくれていた。
彼の指示通りに車を走らせて向かった。
外観は古く建屋じたいもこじんまりとした旅館だったが、係の人に案内された部屋から海が臨めた。旅館と言えども洋室が空いていたようで、部屋に鎮座するコンパクトなダブルベッドを意識せずにはいられなかった。
このベッドで雅紀と夜を明かす。
そう思っただけで顔が赤くなってしまいそうだった。隣にいる雅紀はなにかぶつぶつと呟いている。
「いますぐにベッドへナギサを寝かせたいけれど、温泉も入りたいし」
「えっ? ここの旅館には温泉があるの?」
久しく温泉に入っていなかったナギサは目を大きく見開いて雅紀を見上げた。
「あぁ。温泉に入るのはいいけれど、ナギサと一緒だと思うとおかしくなりそうだ」
ナギサを見つめ返す雅紀はいつもの冷酷な顔立ちをどこかに忘れてしまったかのようにつり上がった二重の目尻はとことん緩んでいた。
仕事ではないからか髪型もオールバックではなく新鮮だ。このままだと温泉も食事も堪能することなくダブルベッドに押し倒されそうな期待の気配がしてならない。
ナギサは雅紀から視線を外し、温泉行こう、と手を引っ張った。
「そ、そうだな。まずは綺麗にしてから、たっぷりと……」
「もう、雅紀さんはずっと何を考えてるの?」
ナギサが呆れた表情で掴んだ手のひらを離す。
すぐにでも抱いてもらえる状況をあえて遠ざけてしまうような態度をとってしまった。
心のどこかで雅紀は必ず求めてくれるという安心感があったからかもしれない。それに焦りが滲み出ている雅紀の態度に調子が狂ってしまった。
「ナギサの入浴シーンを想像していた」
「……いますぐに見られるじゃん」
同じようにナギサも想像していたので、鏡を見なくても恥ずかしさで赤面した顔になっていることが分かり、ナギサは大浴場につくまで後ろを振り返ることができなかった。
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