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LESSONⅧ:第79話
「いや、まだ部屋はいかないぞ。せっかくの浴衣姿を眺めたい。部屋へ戻ったら、浴衣なんて着ていられないからな」
雅紀自身も浴衣を羽織ると意地悪そうな笑みを浮かべて脱衣所をあとにする。
彼が向かったのは全席から海が臨める食事処だった。どうやら夜になるとバーへ雰囲気を変えるらしい。
「ねぇ、夜になったら、飲みに来ようよ。雅紀さんとバーへ行ったことないし」
ときどき雅紀の部屋でアルコールをたしなむこともあるが、ふたりでバーへ行き、グラスを傾けたことはなかった。
「うーん、俺の予想だけど、ナギサはこのあと動けなくなる予定だから、バーにも行けないし、メシすら食べられないかもしれないな。だからいまのうちにたくさん食べとけ」
「どういう意味かな、それは」
すでにいやらしい言葉の交わりを雅紀が楽しんでいることにナギサはようやく気が付いた。ここでの食事が本日最後だと言わんばかりだ。
「意味なんて聞かなくても分かるだろ? 今夜はナギサを寝かせないってことだよ」
ふだんの冷酷な表情で言い放っているように聞こえるが、雅紀の表情は浮かれたように緩んでいる。からかわれているのは分かっているのにナギサはいちいち顔が火照って仕方なかった。
好きなご飯を頼んでいいと言われたナギサはメニューを眺めたとたん、ひどくお腹が空いていることに気が付いた。
窓の外に広がる太平洋を横目に「魚料理、ぜったい美味しいよね。海鮮丼にしよ!」と目を輝かせる。
雅紀はこのあとが本番だから食べないと言って、ジンジャーエールだけウエイターに頼んだ。
食事が運ばれるまで、ナギサは雅紀にずっと見つめられていた。頬杖をつき、口角を片方だけ数ミリ上げながら。
その視線は瞬きをしていたかどうかさえ分からない。
熱のこもった瞳をどう受け止めていいか分からないナギサは目が泳いでしまった。それに彼の浴衣から厚い胸板が見え隠れして目のやり場に困る。しかたなく窓の外に広がる海を眺めるふりをして顔を背けた。
しかし雅紀にテーブルの下で足の指先を使って脛をなぞられた。それは一回では済まず、何往復も繰り返される。大浴場での快感がまだ残っている皮膚は過剰に反応してしまい、うまく気を逸らさないとまた欲情してしまいそうだった。
「お待たせいたしました」
脳内が理性を失う寸前で食事が運ばれる。
あと一歩で快感のスイッチが入るところだったナギサは我に返り、たっぷりとお刺身が花束のように並ぶどんぶりに集中した。
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