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第4話
白崎は、自分がこういう人間じゃなかったはずだと思っていた。どうして、こんな風になっているのか、よく分からなかった。
今週に入って、もう三度目だ。
インドア派のはずの自分が、またコンビニの駐車場に立ち尽くしている。なんだかイライラする。
レポートだってまだ終わってないのに。わざわざ電車に乗って、少し歩いて、結局ここで突っ立ってるだけって、どういうことなんだよ。
まるで猫がネズミを待ち構えるみたいに、木の下でじっとしてないといけない。店内の雑誌棚越しに、レジに立つ黒川を睨んだ。
黒川は女の客とニコニコ話している。なんであんなに楽しそうなんだ。ちゃんと仕事しろよ。アイス買うだけの客と、そんなに話す必要ある?金稼ぎに来てんのか、ナンパしに来てんのか、クソ野郎。
黒川がふと顔を上げて、白崎の目とばっちり合った。
店の大きな窓の外から、こっそり覗いていた白崎に、黒川がアゴをくいっと動かした。示された方向を見れば、店の奥にある時計。12時まで、あと5分。
……あと5分なら、まぁ今回は許してやる。
白崎は視線を逸らした。スマホをいじっても、LIN0に『黒川』の名前はなかった。
友達追加するとか言ってたくせに、やっぱりあいつ、嘘つきだ。
「お待たせー」
その声と共に、目の前に缶コーヒーが差し出された。
白崎は何も言わずに、受け取った。
「あれ、どうかした?」
黒川はしゃがんで白崎の顔を覗き込んだ。「何、拗ねてんの?」
「別に拗ねてないし」
口ではそう言いつつ、白崎はスマホの画面を黒川の鼻先にぐいと突きつけた。「客と話してることなんかで拗ねるわけないだろう。今ムカついてんのは、これ」
黒川は少し後ろに下がって、白崎のスマホ画面を覗き込み、目を細めて読み上げた。
「山下:『お前のレポート、まだ終わってないのか』、本田:『今日の講義ムズすぎ』、ママ:『最近気温の変化激しいから風邪ひかないようにね』……って、ぷっ、ママって登録してんの?」
ケラケラ笑う黒川に、ムカムカが止まらない。
とはいえ怒ってもどうにもならない。白崎はスマホをしまい、アゴを少し上げて言った。
「子どもの頃、颯馬くんだってママって呼んでたくせに。」
黒川は立ち上がりながら、考えるような顔をして、
「白崎って、好きな人ができたら、“ダーリン”とか呼ぶタイプだろ?」
「はあ!?なに言ってんの!」
白崎は思わず、黒川のパーカーの紐をグイッと引っ張った。バランスを崩した黒川は、腰を押さえながら笑う。
「おおっと、意外と力あるじゃん。腰やっちゃうかと思ったわ。」
「余計なこと言わんで!」
白崎はくるりと背を向け、駅の方向へ歩き出す。黒川は「へいへい」と言いながら、その後ろをついて行った。
電車に乗るのは、これで四回目だ。白崎は隣に座ってる黒川に言った。
「今日、別に酒飲んだわけじゃないし。送ってもらわなくていいんだけど。」
黒川は開いた膝で白崎の膝をちょんと押し、
「毎日おれの退勤待ってくれる人を家まで送るのは、紳士の務めってやつ。」
紳士ね、ふん。
「で、なんでそんなに毎日会いに来るわけ?」
黒川は車窓にもたれて、横目で白崎を見る。
なんで……?
自分でも答えが出ないままだった。白崎はスマホを取り出して言った。
「友達追加するって言ってたのに、来ないんだけど。」
「んー、そっかそっか。」
黒川は白崎の頬を指でツンと突き、「おれが急にいなくなるのが心配だった?」
白崎はその手をパシンと払い、否定できなかった。図星だ。
咳払いひとつして、
「言ったことはちゃんと守る。それが大人ってもんだろう。」
「へえ、大人ねぇ……」
黒川は白崎の耳元の髪をはらって、その赤くなった耳を見てにやっと笑った。
「ほんとの“大人”がどういうもんか、わかってないっぽいけど?」
「はいはい、僕は颯馬くんみたいな“社会人様”にはかなわないよ。」
黒川はクスクスと笑ってから、手を膝に戻して黙った。電車の中に、静けさが戻る。
こいつ何考えてんだろ、と思いつつも、自分も大概だなと白崎はこう思った。
――でも、なんで黒川は本当にLIN0を交換してくれないんだろう。そればかりが、ずっとひっかかっていた。
忘れてたにしても、一言くらいあってもよくない?
黒川の指がもぞもぞと組まれたり、解かれたりするのを見ながら、ふと思った。
もしかして、自分に全然興味ないのかも。
思い返せば、アプローチしてんの、ほとんど自分だけだ。コンビニで話しかけてたあの女の人と、自分、なんだか似てるかもしれない。
……最悪だ。白崎は俯いた。
「着いたよ。」
黒川の声。
白崎は返事もせず、先に電車を降りた。黒川は困惑した表情で、しばらく白崎を見送っていたが、やがて頭を掻いて、その後ろを追いかける。
今の沈黙、なんだか今までと違う気がする。
黒川は、空気の変化に敏いタイプだ。白崎の少しだけ華奢な背中を見ながら、
「なあ――」
白崎は無言で歩き続ける。
黒川は舌打ちして、早足で追いつき、白崎の腕を掴んだ。
それが、白崎にはとても嫌だった。いや、自分のほうが何度も黒川にまとわりついてたから、嫌らわれるのは、自分のはずだった。
必死に振り払おうとしても、その手はびくともしない。
ああ、もうダメだ――白崎は力を抜いた。
どうせ黒川には敵わない。身長も、力も。元・新川急便の男だし。
俯いたまま、ぽつりとつぶやいた。
「変だったよね、僕……颯馬くんからすると」
白崎の揺れる前髪を見つめ、黒川は手の力をゆるめた。そしてそのまま、白崎の手首までなぞり、すっと手を繋いだ。
「少しだけでいいから、白崎んちに寄ってもいい?」
白崎は顔を上げた。その目は驚きと戸惑いに満ちていた。何度もまばたきしながら、言葉の意味を確認する。
聞き間違いじゃない。
……いや、聞こえたけど、なんで……?
通り去ったタクシーのヘッドライトが、二人を照らした。
黒川の横顔も、白崎の頬も、その光に包まれて――現実なのに、白崎は信じられなかった。
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