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第29話 レベルアップ
この世界では、他の国でも魔法が使えるらしい。
しかし、魔法自体はどの国でも母国語を使って魔法を行うと。魔法陣に描いてある模様も、本当は模様などではなく言語だったのだろう。
つまり、巡がアルストリウルスの言葉を勉強すればアルストリウルスの魔法が使えるようになるということだった。
「神官の私では、キュア魔法や防衛魔法ぐらいしかわかりませんし、バリヤ様がメグル殿に付いていられないとなると……」
「安心しろ。ザックが戻るまでは一緒に居ていいと言われた。ザックが戻ればザックの所へ身を寄せていれば大抵のことは何とかなるだろう」
「状態異常の魔法くらいなら、少し齧ったことはありますが」
「それよりも読み書き、音読の練習が先だ」
バリヤは扉のネームプレートを指さし、聞いた。
「メグル、これは読めるか」
「読めません。何かの模様かなんかですか?」
「……ミウェン、貴様がメグルに読み書きを教えろ。音読もだ」
「わかりました。私、家庭教師の経験はありませんが、頑張ります」
「今日は魔導士の館には近寄るな。俺の部屋を使えばいい。図書室に寄ろう」
「ハイ」
ミウェンと共に、巡も頷いた。
図書室では、主に教科書を探した。
ミウェンが絵本を探して見せてきたが、小さな子供が読むのであろう絵本ですら、巡には一体何が書いてあるのか、絵をともに見てみても想像もつかなかった。
書き取りの練習ができるように、この国の文字が表になって付いている本を探した。
夜。
夕食を食べた後、湯あみをして、ミウェンは神官たちの屋敷へと戻り、巡はバリヤの部屋で二人きりになった。
「読めて、書けても発音ができません」
「俺が見てやる」
昼から夜の鐘がなるまでは、表を見てこの国のスペルを覚えた。
時間が経つとすぐに忘れてしまうが、何度も何度も覚えなおした。
間違えるたびにミウェンかバリヤが正しい発音を教えてくれた。
「話すには、読めたり書けたりすることよりも発音と単語を覚えた方が早い」
「ですよね……!わかってる、わかってるけどできません……」
スペルを覚えるだけでいっぱいいっぱいなのだ。
特に、大学を経て社会人になってからは新卒カードを無駄にし工場で軽作業の勤務をすることを選び、毎日脳死で働いて勉強なんてむこう3年はやっていなかった。
脳みそが勉強そのものを拒否している感じすらある。
「バリヤさんは、どうやって言葉を覚えたんですか?」
「俺の場合は、覚えるというよりも読み込むという方が近いからな」
バリヤが本を読み、暫くするとどこからかレベルアップの効果音が流れた。
バリヤ は 人間の作法 を おぼえた!!
バリヤの元へ決まり文句が表示された。
「これを繰り返すと知識が増えていく」
「それってアリなんですか!?!」
「メグルのような努力はスライムには無効だ。とりあえず簡単な挨拶から覚えろ。明日ミウェンやザックに使ってみればいい」
「そうですね。そうします」
教科書に載っている挨拶を、読めないながらもゆっくりと読み上げる。
「お…はよう……ごz……ざいま…す」
「それでいい」
「いいんでしょうか」
「ああ」
「こん……にち…ちぁ……」
「発音が甘い」
「うーん……難しいです」
「今日はもう寝ろ」
「あっ……そうですね。もう夜ですもんね」
ランプの火を見て、巡はバリヤのことが気にかかった。
「バリヤさんは、このまま起きているんですよね。ランプの灯は付けたままにしておきましょうか」
「ああ。スライムの時は夜目が利くが、人間の身体だとランプがないと本が読めない。そのまま寝ろ」
「ハイ。そうします」
すごすごとベッドへ引き上げていく。
使った形跡のないベッドの布団を掴んで、首元まで引き上げる。
騎士団のベッドは屈強な男たちが使う作りだからか、巡には少し余る大きさだった。
巡も170も半ばは身長があるのでけして小柄なわけではないが、足元がスースーする。
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