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第37話 野次馬
バリヤとアノマの試合は、野外の訓練場で行われるとのことだった。
普段は第一兵団、第二兵団、第三兵団の区域と区切られているところを全面使用するらしい。
騎士団長の降格がかかっている試合とあってギャラリーもとい野次馬が沢山押しかけていた。
「……その魔力量は、反則じゃないかい?」
「反則なんてないよ、アノマさん」
若干引き気味のアノマに答えたのはザックだ。
バリヤはフルチャージした魔力を剣に宿しながらブンブンと剣を振るった。
「試合で私は、殺されるのかな?」
「アノマさんともあろうものが随分弱気だね。そういう作戦?」
「いや、本気だよ。降格しても死にはしないけど試合で殺されたら元も子も無いからね。どうしようね」
「本気でやればアノマさんなら互角でしょ」
「買いかぶってくれちゃって、ありがたいね。騎士団長名誉に尽きるよ。それも今日までの話だが」
国王や王族、勇者のタントは城の物見台から試合を見物するようだった。
たしかに魔力に制限なく試合を行うのであれば辺りの建物の壁の崩壊や地割れも懸念して遠く離れたところから見物した方が良いだろう。
アノマは既に覚悟を決めているようだった。
勝っても負けても、アノマにとって降格は免れないのだ。
それが兵長になるか、一騎士として所属することになるかのどちらかなだけだ。
この試合を取り仕切るのはまたもや神官だ。
この国では勇者召喚のときもそうだが、ことあるごとに神官が出てくる。
事を行う自体は魔導士や騎士の役目だが、その産物を引き取るのは神官たちの役目なのである。
「ミウェンさんは、あちらに行かなくてもいいんですか?」
巡とミウェンは野次馬たちに混じってバリヤたちを遠巻きに眺めていた。
巡の疑問にミウェンは答える。
「私はメグル殿の側役ですから、今日のお祈りには参加しないのです」
「お祈り?なにか祈るんですか?」
「死者が出ませんようにと、騎士たちが無事でありますように。双方への祈りです。怪我人が出れば治すのは神官の役目です」
祈りは神官の仕事。
そして何事にも祈りというのは付いて回るものらしかった。
ミウェンはキュア魔法が得意と言っていたし、やはり神官は治癒を行うヒーラー的な役回りも受け持っているらしい。
「こんなに野次馬が沢山いるのに、無事で済むんでしょうか」
「まぁまず無理でしょうね。辺りを巻き込んで負傷者は必ず出るでしょう」
「うわぁ……」
「大丈夫ですよ。キュア魔法がありますから」
わかっていても、魔法に馴染みのない巡の感覚ではとても大丈夫とは思えない。
「死者を蘇生する魔法はありませんから、今日もどちらかの負けをジャッジするために神官がいます。
死ぬ前に勝ち負けの判定を付けるんです」
「お……おお……よかった……」
実は巡はこの世界に来てから、というか一度目の世界に飛ばされた時から自分以外の死者というものを見たことも感じたこともない。
怪我人にも死者にも免疫が無いのだ。
神官は遠巻きに見るどころか戦闘を間近で見ていなければならないようだがそれは大丈夫なのだろうか。
「皆さんバリア魔法を使用されますから大丈夫ですよ。観客たちもです」
「な、なるほど」
バリア魔法の存在を忘れていた。
魔導士たちにさらわれた時もミウェンと巡を助けてくれた魔法である。
この国の騎士たちは魔法も交えながら戦うようであるから、当然バリアも張るだろう。
魔導士たちは自分の座り込んだ場所に魔法陣を描き、独自の観客スペースを作り上げている者もいる。
巡が思っているよりも案外、皆各々万全の対策をとって観戦に望んでいるようだった。
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