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第60話 会いたい死者

「側面にアルストリウルス語で説明が書いてありますね」  エクストレイルが巡には読めない文字で書かれた文章を見つけた。 「死者を死ぬ前の時空軸から仮想体で呼び出す……だと?」  バリヤは訝し気に説明文を呼んだ。 「メグル。こんな魔法を使えば今度はどんな対価が必要になるかわからない。魔法を使うのはやめろ」 「えっ、対価が必要なんですか」 「そうとは書いていないが、もしそうだった場合に困るだろう」 「対価は必要ありませんよ。説明にないことを要求するような魔法は代償として魔法陣の破損に繋がります。この魔法陣は壊れたりひびが入っている様子はありませんね」  エクストレイルが魔法陣を撫でる。  確かにそこにある魔法陣は割れ一つない綺麗な物だった。 「バリヤ様、メグル様。会いたい死者はいらっしゃらないのですか?」  いない。  元より巡は元の世界で人の死に立ち会ったことはまだ無い。  祖父母も健在だし。両親も生きている。友達が亡くなったなんてことも人生で一度もなかった。  強いて言うなら元の世界から一度目、二度目の異世界トリップ先で死んだであろう自分になるわけだが、自分を呼び出して過去が書き換わったりするのはマズい。 「……一人、いる」  バリヤが思いついたように巡と目を合わせた。 「どなたですか?」  エクストレイルの問いに、バリヤは重い口を開いた。 「俺が兵長になる前の第三兵団兵長……アスラ殿だ」  第三兵団は魔界との境界線、最前線へ赴く兵団であるため、バリヤが兵長になるまでは兵長の座が定着することは殆ど無く、交代が激しかったという。さらに勇者が来る前は瘴気の浸食が増加していたため、相手にするモンスターも凶暴化していただろう。  おそらくアスラという元兵長も、前線へ赴き死んだ騎士の一人に違いなかった。 「アスラ殿は……俺と任期が被ったのは1年だったが、ただのスライムの俺に色々なことを教えてくれた。戦闘についてだけでなく人間の所作を学ぶようになったのは、アスラ殿がいたからだ。そのおかげでメグルと出会って恋をすることができた。感謝しているから、お礼を言いたい」 「では、元第三兵団兵長のアスラ殿を」 「はい」  エクストレイルに促され、巡は魔法陣に魔力を込める。 「あれ?バリヤ?ていうかここどこ?」  声の主は半透明の、またもや上半身だけの姿で現れた。  さっきの魔人と姿は違えど同じような形である。 「アスラ殿」  バリヤがアスラに向かって敬礼した。 「お、おう。で、ここどこ?俺たちはここで何してんの?あとこの男と魔族の子は誰なの?」  アスラが巡と耳の尖ったエクストレイルを見てバリヤに聞いた。 「この男はメグル。異世界人間で俺の伴侶です。魔族の少年はエクストレイル。俺の従者です。そしてここは魔王城で、俺は魔王になりました。アスラ殿、あなたが死んで6年が過ぎました。俺は、7歳になりました」 「えっ、えっ。ちょっと待って。何?俺が死んだって?お前が魔王だって?てか、お前、結婚なんてしてたっけ?できるっけ?お前、スライムだよな。伴侶って何?」 「色々あってそうなりました」 「端折りすぎだろ!!」  巡とエクストレイルは二人のやり取りをポカンと見つめていた。  このアスラという男、騎士団の兵長であったというからバリヤのような堅物やアノマのような大物の雰囲気を期待したが、とても兵長とは思えないほど庶民的な態度である。

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