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第73話 今日のこと

「おい、エルフはおらぬか?」  空が茜色に染まる夕方ごろに神が魔王城を訪ねてきた。 「ザックさんですか?来てませんよ」 「おかしい。今朝、媚薬効果を撒く触手を研究すると言って出て行ったきり戻ってこんのじゃ」 「……」  それは大変ですね。とは思うが口には出さない。  ザックが神の所に寝泊まりし始めて早一週間、こんなことはこれが初めてではない。  貴族のオークと平民のオークたちとの違いが知りたいと言ってオークの村に出かけてはぐちゃぐちゃの姿で帰ってきたり、貴族のサキュバスと平民のサキュバスたちとの違いが知りたいと言ってインキュバスたちに捕まって目も当てられない姿で帰ってきたりとロクなことが無いのだ。しかもその時は泣いて神に縋るくせに次の日にはケロッとした顔で出かけていく。  最初の頃は巡も一大事だとばかりに焦ってザックの面倒を見ていたが、一週間もこの調子だと流石に慣れた。  ザックはなまじ質の良い量も多い魔力を持っているだけに魔界の者を引き付けるらしいのだった。 「あいつ、もしかして触手程度の魔物に捕らわれているのか!?」 「そしたらザックさん、今頃悲惨なことになってますよ。早く行ってあげてください」 「あの雑魚魔導士めが!!」  神がシュッと姿を消す。  この世界で移動するには転移魔法を使う場合が殆どだが、神の場合は魔法など唱えなくても移動できてしまうらしい。  そしてこの世界で一番大きな国であるアルストリウルスで一番の魔導士を雑魚呼ばわりするのは神くらいのものだろう。  神はあっという間に去って行った。 「ザックさんも、神様も、今日のこと忘れてるんですかね?」 「さあな。覚えていればそのうち帰ってくるだろう」  巡の問いに答えるのはバリヤだ。  今日のこととは、巡がこの世界の知り合いたちを招待した、結婚式のことだった。  バリヤと巡は、結婚の魔法によって今はお互いが縛られている。  そのせいもあってか、結婚してから他の世界に呼ばれたことはまだ一度もない。  だが、契約を交わしただけで肝心の結婚式をまだやっていなかったのだ。いつかは結婚式をやってくださいと言っていたが、必要性を感じていないバリヤには忘れられていた節すらある。  そこでついこの間のバリヤの謝罪だ。  要求するなら今だと思った。  そうして今日の夜、魔王城の職員総出で結婚式をやってくれることになっている。

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