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監禁型⑤

 次の休み。俺は携帯電話を片手に、先輩の家があるという場所へ向かっていた。 『ああ、そこまで来ればもううちが見えるはず──』 「あ」  電話の声に従って、慣れない道を進む。遠くに、伍代先輩らしい姿が見えた。こちらに気づいたらしく、家の前で大きく手を振っている。  駆け寄って来て、爽やかな笑顔を浮かべ口を開いた。 「無事に辿り着けたな、よかった。迎えに行ってもよかったんだが」 「そこまでしてもらうのは申し訳ないですし……案内ありがとうございます」  本当に面倒見が良い人だ。洋風の綺麗な造りの家が、どうやら先輩の家らしかった。玄関を開けてもらい、中を見て思わず呟く。 「うわ、きれー……」 「そうか? まあ……掃除は念入りにしたけどな」  隅々まで掃除が行き届いている。俺の部屋とは大違いだ。……後で掃除しよう。 「来てもらってなんだが、たいして遊べるようなものが無くてな。悪い」 「いやいや、大丈夫ですよ!」  リビングへ案内される。木製の家具で揃えられた空間は温かみがあるようだけれど、あまり生活感がないように見えた。家具は使われていないのか、新品同様と言っても過言ではない。  ただ、その中で。棚に置かれたひとつの写真立てだけが、古ぼけていて。そこに入れられた写真には、三人の家族が映っている。 「あ……」 「ん……ああ、昔の写真だよ」  後ろから覗き込んだ先輩が、静かな声で言う。出かけたときに撮ったのだろうか。背景を海にして、微笑をたたえる父と母らしき人の間では、幼い子どもが無邪気な笑顔を浮かべていた。この子がきっと伍代先輩なのだろう。 「はは。小さいですね、かわいい」 「う、やめろ。なんか恥ずいだろ」  照れる先輩に笑って返すけれど。胸がぎゅ、と締め付けられるようだった。一瞬を切り取った写真の中では、いつまでも幸せが続くように思えて。 「他の家具は、買い替えたんだけどな。そのままだと、昔を思い出しちまいそうだから」  だけど、と。小さく呟いて、先輩は続ける。 「その写真だけは、捨てられなかった」  静かな響きに、言葉を失って。視線を伏せる。写真を直視してしまえば、なんだか目の奥が熱くなってしまいそうだから。 「……大事なもの、ですもんね」 「ああ」  感傷的な気持ちになってしまう。部外者の俺なんかじゃ、真の悲しみは理解出来ず、表面をなぞることくらいしかできないのだけれど。なんだか、歯痒くて。……でも、どうしようもないのだ。 「……そうだ、前に気晴らしに買ったゲームがあったな。よければ、やるか? あまり触ってはないから、よくわからんが」  奥に案内され、テレビに備え付けられていたゲーム機を触る。一度もプレイしていなかったというシューティングゲームをふたりでやり始め──慣れないゲームに珍プレーを繰り返す先輩に、思わず大声で笑ってしまった。 「こんなに楽しかったんだな」  ぽつりと呟くその横顔に。「また遊びに来ますから、一緒にやりましょうよ」と言えば、彼は面食らったように黙り──ああ、と穏やかな笑顔を浮かべたのだった。  ゲームに没頭して数時間。時計の針が十二時を回った頃。くう、と俺の腹が鳴り── 「昼飯でも食ってくか?」  笑った先輩は、立ち上がってそう言った。  *** 「ん、うま!」 「はは、よかった。たくさん食ってくれ」  先輩が作ったという家庭料理の数々は、どれもこれも優しさを感じる味で。肉料理が多めなところを見るに、彼の体格の良さはやはり食べているものから来ているのだろうか。俺も肉は好きだけれど──彼の身体とは程遠い。……もう少し運動した方がいいのだろうか。 「昔は叔母さんが住んで面倒見てくれてたんだけどな。高校生になったし、悪いからってことでひとりで住むようにした」  この広い家に、ひとりで住んでいるのだ。あの写真を見る度に、どんな気持ちになっていたのだろう。ひとりで暮らすために、どれほどの苦労をしたのだろう。俺よりも、きっとよっぽど頑張っている。それだけはわかるのだ。 「誰かが居るのは──やっぱり、嬉しいな。ひとりでいるよりも、賑やかで」  柔らかく微笑むものだから。俺もつられて、笑った。俺が遊びに来ただけで彼が楽しく感じられたのなら、こんなに嬉しいことはないだろう。 「……はは。なんか俺も、家みたいで居心地がいいです」 「っふは、そうか。ならよかった」  頬張った肉じゃがが美味しい。家の味付けに似ている──なんて感じてしまうほど、俺はここを心地よく思っている。紛れもない本心だった。  食事を終え、片付けを手伝って。リビングでテレビを見て。そうして、少し時間を置いた頃。口から漏れたのは、ひとつの欠伸だった。 「……はは。なんだ、眠いのか? 寝てもいいぞ、無理するな」  床に敷かれたラグの上に座っている状態で。すこし横になろうとすれば、簡単に寝られそうだ。人の家に来てご馳走になった挙句眠るなんて、失礼になってしまう。「大丈夫です」と言い切る前に、またひとつ欠伸が出た。先輩が優しく促してくれて。 「……すみ、ません……少しだけ、寝ます……」  俺は結局、甘えてしまった。先輩には頼ってばかりだ。横になれば、眠気が襲いかかってくる。……抗いようがない。 「……なあ」 「んん……? なんか、ありましたか……?」  微睡みの中、控えめに呼びかけられた。 「もし──俺が怪我をしそうだったら、お前は俺も庇うのか?」 「……?」  何かと思えば。そんなの、答えは決まっている。 「庇いますよ。先輩が怪我するのは、嫌だから」 「…………そうか」  どうしてそんなことを聞くのだろう。疑問に思えど、声を出すことは叶わぬまま。  どこか切なげに。眉を下げて微笑む先輩を最後に、俺の意識は沈んだのだった。

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