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監視型①
『ああ、バレちゃいました? 古典的な手ではありますが、それにしては持った方ですね。……ふふ、とっても可愛かったですよ。寝顔、初めて見ました。──監視カメラのレンズが、邪魔だと思ってしまうくらい』
「最悪な女」
「もう直球の罵倒じゃん。せめてもうちょっと捻ってくれよ」
「それ、言ったら……全員最悪、だよ」
「文月くん?」
その口からあまりにも辛辣な言葉が出てきた気がする。彼が言ったという事実を信じたくないため、記憶から直ぐに消そうとした。放課後になったばかりで、がやがやとした周りの生徒の賑やかな声が響いている。もしかしたらその声と混ざって妙な聞き間違いをしたのかもしれない。きっとそうだ。……そうであって欲しい。
やんぱらは最近新しいキャラのストーリーが配信され、その子がまたなんとも古き良きヤンデレなのだ。相手の全てを知りたくて、盗撮盗聴なんでもござれなストーカータイプ。
「直くんこーいう子が好きな感じ?」
いつからか混ざっていた四方田くんが問いかける。
「うん、好き。めちゃくちゃ」
「へえ……」
画面をじっと見つめ、彼が興味ありげに小さく頷いた。オタクに話を合わせてくれるところが優しい。
他のタイプもそうだが、相手の行動を監視しようとするタイプは狂気さが愛おしい。ヤンデレはこういうのがいいんだよ。リアルにいたら本当に困るけれど。創作だからいいのだ。充足感とともにゲームを中断し、気分の高揚のせいか上がりそうな口角を抑えるのに苦労する。
「田山」
降り注いだのは、伍代先輩の声だった。顔を上げれば彼が目の前にいて、微笑を浮かべている。いつの間に教室に来ていたのだろう。
「この間はありがとうな」
「ああいや、こちらこそ……楽しかったです。ありがとうございました!」
「……楽しかったって?」
会話をする俺たちに、翔が問いかけてくる。
「先輩の家に泊まってた」
「え、マジ!? 楽しそーじゃん、いいなー!」
監禁云々は、もちろん伏せて。四方田くんが驚いたように声をあげる。翔は眉を寄せ、疑問の色を瞳に浮かべていた。いつの間にそんな仲になっていたんだ、とでも言いたげに。……俺自身、ここまで仲良くなれるとは思っていなかったから気持ちはわかる。
「今度オレの家にも泊まりに来て!」
「……おれの家も、来て欲しい……」
「いいね。俺の家でお泊まり会してもいいし……遊びにも行きたいな」
言えば、ふたりは笑顔を浮かべた。翔は口を挟まず、こいつ散々いろいろあったくせによく言えるな、といったような呆れを滲ませてこちらを見つめている。やたらと今日は言外に伝わってくるな。それがわかるのも、幼馴染だからだろうか。
伍代先輩が小さく笑って、「……人気者だな」と続ける。人気者、というよりは──ただ、周りに恵まれているだけだ。
「え、誰の家でやる? オレめっちゃお菓子持ってく!」
「おれも……。たぶん、参宮くんも来る、よね」
「……だろーな。人数的に泊まれる家あんの? 直也のとこキツイだろ、俺ん家ならまだいけっけど」
「はは、いいな! なんなら俺の家でもいいぞ、賑やかな方が嬉しいからな!」
みな一様に弾んだ声をあげる。盛り上がっていく会話に、俺もなんだか楽しみになってきた。
「あの、田山先輩」
ふと、後ろから控えめな声。二階堂くんだ。友人たちをちらりと一瞥して、薄い唇を開く。
「随分、賑やかですね」
「ああ、今お泊まり会しようかって話してて。二階堂くんもどう?」
ぱちくりと、レンズ越しに瞳が瞬く。面食らったように数秒じっとこちらを見つめた。
「え──初めてなので、勝手がわかりません、し……お邪魔するわけには……」
「邪魔なんかじゃないけどなあ」
友人たちはきっと気にしないだろう。遠慮がちな後輩に、そこまでかしこまる必要はないのだけど、と笑う。話を聞いていたらしい四方田くんが、「多い方がいいって! そのうちやるから二階堂くんも来な!?」と明るく声をかける。さすがコミュ力の塊のような人物だ。その勢いに押されたのか、なら、と二階堂くんは小さく頷いた。
四方田くんは満足そうに笑い──なにかに気づいたように、あ、と声をあげた。
「てかウチのクラスまで来るって、何かあったん?」
「あ……その、もうすぐテストでしょう。……田山先輩がもしわからないところがあったら、一緒に勉強とか……」
「ん、勉強会か? なら俺も参加しようか。一応先輩だから教えられるぞ!」
爽やかな笑顔を浮かべた伍代先輩に、二階堂くんはなんだかむっとした表情を浮かべた。
「……先輩に尽くすのは僕だけで結構ですので」
口をとがらせてそう言った彼。伍代先輩は見下ろして、微笑ましげに頭を撫でる。
「ははは! なんだ、一年か? 随分小さいやつだなあ」
「小さ……誰がですか!」
珍しくムキになって悔しそうに反論する姿は、少し可愛らしい。初めて会ったときと比べると、随分いろいろな表情を見せてくれるようになったものだ。もしかすると、身長のことを気にしているのだろうか。俺たちの中では一番小さくはあるが、まだ伸びるかもしれないだろう。伍代先輩は体格が良く背も高い方だから、気になるのはわかる。俺も彼や文月くんくらいの身長が欲しいものだ。
「……なんか、騒がしくなったな」
騒ぎを眺めて、ぽつりと幼馴染がこぼす。
「仲良くなれて俺は嬉しいよ」
「ふーん……仲良く、なあ。ヤバそうな奴らも集まってるけど」
それはまあ、癖が強いことは否定できない。だが、なんやかんや彼らが昏い雰囲気を醸し出すことはなくなっていた。これは健全な友人関係を築けていることの証明になるのではないだろうか。ひとり満足気に頷いていると、四方田くんが「あー!!」と大きな声を発した。
「てかゆう兄やばい! そろそろ部活行かねーと!!」
「ああ、もうそんな時間か」
「翔も部活行く?」
「おー。俺も行くわ」
田山、と低い落ち着いた声で呼びかけられる。
「またいつでも見学に来いよ。……待ってるからな」
まるで弟にそうするように、頭を撫でられた。……世話好きなところは、相変わらずのようだ。俺相手にはそういう態度をとらなくてもいいのに。
「今度泊まりとか勉強会のこと決めよー! じゃね!」
みなに手を振られ、自分も同じように返す。どうやらもう部活が始まる時間のようだ。
「……そろそろ僕も、行かないと」
後ろ姿を見つめながら、ぽつりと二階堂くんが言う。なにか用事でもあるのだろうか。
「用事とかあるの?」
「はい。最近、塾に通っていて……」
……今のままでも充分頭が良いのに、さらに塾にまで通うのか。ご両親がきっと通わせたのだろうが──本当に、努力を怠らない子だ。
「すごいな」
「父と母と交渉して、週に二度程度にはしてもらったので……そこまで負担ではないですよ。ふふ、でもありがとうございます」
「応援してるよ。……でも、頑張りすぎないでね」
頬を緩ませて頷いて。愛らしい笑みを浮かべたまま、どこか浮かれた足取りで。彼は教室から出ていくのだった。
周りの生徒も、段々と帰り始めていた。幾分か静かになった教室の中、文月くんが口を開く。
「……田山くん、もう帰る?」
そういえば──明日中に提出しなきゃいけないワークがあったことをはた、と思い出す。学校に残ってやらなければ、家でやらない気がする。
……仕方ないが、少しだけここに残ろう。
「んー……ワーク今日中にやっておきたいから、まだだね」
「そっか。……ごめん、家の手伝いしろって言われてて……先に帰っちゃうね」
「あ、そうなんだ! 頑張ってね!」
「……ふふ、うん。ありがとう……」
控えめな足音を最後に、静寂が訪れた。……本当に、静かになってしまった。教室に残る生徒も、俺を含めて数人ほど。
ワークを黙々と解いていると、空いていた前の席ががらりと引かれ、誰かが座り込む。顔を上げれば──参宮くんが酷く気怠げな表情を浮かべていた。
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