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監視型②

「……だりい」 「なんかあったの?」  俺の机に突っ伏した体勢のまま。心底疲れているらしく、くぐもった声が聞こえた。 「……補習受けろって言われたんだよ」 「……補習? なんで?」 「小テスト適当にやったら赤点だった」  不良だ。女の子にいいとこを見せようとしていたときのように、少し本気を出せば勉強だってできそうなものなのに。  面倒が優先してしまうのか、実力を発揮しないのがなんとも勿体なく思えてしまう。 「早く帰ろうぜ。見つかったらめんどいし」 「……え、補習は?」 「直也と帰る方が大切だろ」  平然と言うものだから、呆気にとられて。ふと、思い立つ。……もし、俺のことをそんなに大切に思ってくれているならば。俺の前でも、少しいい所を見せようとはしてくれないだろうか? 「……俺はちゃんと補習受ける人の方が好きだな」 「……!」  衝撃を受けたような顔。 「あとテストもちゃんとやる人の方が好き」 「……!!」  放った追い打ちに、また雷に撃たれたような表情を浮かべて。大きな目をまあるくし、数秒固まっていたかと思うと──突然、がたりと勢いよく椅子から立ち上がり。 「……ちゃんと受けるからな。いいか、サボったりしないからな。覚えておけ」  カバンを引っ掴み、去っていってしまった。口ぶりからするに──補習へと向かったのだろう。……思いのほか上手くいきすぎてしまった。ついつい笑いが漏れた。あとで彼にジュースでも買おう。  どこか寂しさを覚えながら、久々にひとりの気分を味わう。かりかりとシャーペンが紙の上を走る音、時計の針の音、それと部活に打ち込む生徒たちの声。それらを聞きながら、ただ課題を解いた。形容しがたい寂寥感には無視をして。  ***  んん、と伸びをする。周りの生徒たちは、いつの間にか帰ってしまっていたようだ。ワークも解き終わった。これで明日、少なくとも締切に追われて地獄を見ることはなくなった。  疲れた。そろそろ帰り支度をしようか。思っていたよりも遅くなってしまった。だけど、立ち上がるのは少しだるい。吹奏楽の演奏の音と、野球部のバッティングをする音が遠くから聞こえる。  そうだ。課題も終わったことだし、もう少しだけやんぱらを進めておこうか。ゲームを開き、キャラのストーリーを進めていく。  監視タイプの少女が、うっとりとした表情を浮かべて主人公に迫るスチルが画面に映った。 『遠くから見ているだけじゃ、我慢できなくなったんです。……ああ、やっぱり。近くで見た方が、魅力的ですね』  マジで、かなり良い。良すぎ。最高。噛み締めながら、進めるべく画面をタップしようとした瞬間── 「……キミさぁ」 「うわーっ!?」  後ろから声がして、思わず大声を張り上げていた。  ばっと勢いよく振り返ると、驚いたのか目をまん丸にした男子生徒が立っている。クラスメイトではない。誰だ。なんで。 「え、と……いつからそこに……?」  疑問が尽きない中、それだけ口にする。するとその男子生徒は、申し訳なさそうに頬を掻いてから口を開いた。 「あー……ごめんいきなり。えーと、後輩の机に用があったからさ、ここ入っちゃって。キミなんか集中してたから邪魔しないようにしてたんだけど」 「机に、用が?」  問い返せば。小さく溜息をつき、やれやれと言った様子で彼は言葉を続けた。 「……先輩使いが荒い後輩でね。忘れ物取ってこいって言われたんだよ」 「……すごいですね」  このクラスに後輩がいるというなら──必然的に、彼は三年生ということになる。先輩を顎で使うような生徒が同じクラスにいたのか。誰かはわからないが、すごい人だ。  苦笑いで返すと、真顔になり──改まったように口を開いた。 「というか、聞こうと思ったんだけど……やんぱら好きなの?」  時が止まる。俺の口以外から聞いたことのないそのワードに、一瞬理解が遅れた。 「なんで、それを」 「開いてんの見えたから」  じゃあ。あのスチルだけを見て、やんぱらだとわかったということは。まさか。 「やんぱら……ご存知なんですか」 「もちろん。じゃなきゃ声掛けないよ。俺の好きなやつだし」  気怠げな瞳が俺を見下ろす。  今──やんぱらが好きだって、言ったのか。目が輝いていくのが自分でもわかった。この人は──仲間だ。 「やんぱら好きなんですか!?」 「うお」  勢いよく立ち上がったために、椅子ががたりと音を立てる。先輩は小さく驚きの声を漏らして仰け反った。だが今はどうにも興奮を抑えられない。仕方がないだろう。  彼はひとつ後ろに下がってから、ほんの少し悩む素振りを見せ、口を開く。 「まあね。一番のファンって言っても過言じゃないかも」 「ええー……! 嬉しい……!!」  オタク仲間が居なかったのだ。やんぱらを知っている人なんて周りにひとりもいなかった。幼馴染にはヤンデレがニッチとまで言われるし。この学校にはいないのかもしれない、なんて諦めた日すらあったほど。なのに。まさかそんな人と、関われるなんて。 「好きなキャラとかは!? 俺は──」 「待って待って。とりあえず自己紹介からで。ファン同士仲良くしようよ」 「そうですね! 俺は二年の田山です、ええと……」  興奮からだろう、どうも食い気味になってしまう。だが仕方ないだろう。同じファンを見つけられたのだから、嬉しくてしょうがないのだ。 「オレは陸奥《むつ》。下は観來《みらい》。三年生」  ピースを作る。人当たりはよく、しかし気怠そうな、なんとも不思議な雰囲気を漂わせる人だ。眠たげな垂れ目を僅かに細めていた。

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