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監視型④

 喧騒が耳を刺す。人の声とクレーンゲームの音が混ざり、声を多少張らないと会話が難しいほどだ。そんな中──一台の筐体の中に、燦然と輝いて見えるぬいぐるみ。やんぱらとは違う好きなゲームのキャラを象ったものだった。今日探しに来たものはまさにそれであった。  思わず、食い入るように見つめてしまう。欲しい。 「ああ……ピンクのが欲しい感じ?」  横から、覗き込んできた陸奥先輩が言う。 「……そうなんすよ。あれクレーンゲーム限定で……」  取れる気がしない。だけど、高額転売されたものを買うのはオタクとして許せない。そうなると、手に入れるにはやはり死ぬ気で取るしかないわけで。……諦めるしか、ないのだろうか。絶望的に下手なのだ。 「じゃあ取ってあげよう。先輩、結構こういうの上手いんだぜ?」  項垂れた頭上から落ちた声。それは、喧騒の中でもはっきりと聞こえた。事も無げに言ってのける陸奥先輩は言うやいなや、百円玉を投入していた。  ぴろりん。音とともに、射幸心を煽るように照明がビカビカと光る。我に返ったのは、二つ目の硬貨が入れられたときだった。 「え、ちょ……悪いですって!」 「大丈夫だって。設定にもよるけど……んー、まあ少なくて五回かな」  アームを使い、少しづつ、だが確実に寄せていく。そうして──予想していた数通り。五回目に、とうとうぬいぐるみは取り出し口へと呆気なく落ちたのだ。  ファンファーレのような音が響き渡る。周りのお客さんもこちらを見て、「すごーい」「あの人上手いね」なんて言い合っている。注目を浴びるのが、少し恥ずかしい。だけど──本当にすごい。予想通りに手に入れてしまった。  気恥しさとともに周りを見回していると、体に柔らかいものが押し付けられる感触。そちらを見ると、へらりと笑った彼がぬいぐるみを俺に押し付けている。 「……すごいっすね……本当に取っちゃった」  喜びなんかよりも先に、驚きが勝ってしまった。促されるまま、受け取る。言えば、ニヒルな笑みを浮かべて彼は応える。 「中学のとき小遣い全部使って破産したくらいやり込んだ。その賜物だな」 「すげえ」  いろんな意味で。薄々思ってはいたが──良い意味で、先輩らしくない人だ。伍代先輩のように頼りがいのあるタイプではない。それどころか、少し心配になってしまう。だけど、そこが逆に親しみやすい。  そういえば。 「先輩は部活とかやってるんですか?」 「うん? まあ、してるね」  バスケ部ではないだろう。見学に行ったときに見た覚えは無いから。 「何部です?」 「文芸部と演劇部。兼部してんの」 「へえー……すごいな」  なんというか──文化的な人だ。どちらも全く縁がない。話を書く才能は無いし、緊張してしまって演技どころか人前に立つことが難しいし。 「今度見においでよ。脚本も書くし演技もできる! 結構やる先輩なんだぜ」 「ははは、なら今度見学に行こうかな」 「うんうん。キミ運動苦手そうだし、こういう文化系の方が向いてると思うよ」 「何気に失礼ですね」  じとりとした目で見つめても、悪びれもせず笑うだけ。  外を見れば、もうすっかり暗くなってしまった。そろそろ帰らないと親から怒られてしまうだろう。雰囲気を感じ取ってくれたのか、陸奥先輩は「そろそろ帰る? オレは少し残るから、先帰りな」と僅かにまた微笑んだ。 「今度やんぱら語りでもしようよ。周りには引かれるかもだから内緒でね」 「っ是非!」  あの優しい文月くんですら女の子が最悪と言っていたのだ。悲しい現実を受け止めることにした。傍から見れば、歓迎されないだろうものだということは自覚している。  オタク同士、奇妙な友情が芽生えたのを感じ。ぬいぐるみを大切に片手で抱きながら、もう片方の手で固く握手を交わし、連絡先を交換して──ひっそりと交流を始めたのだった。

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