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監視型⑥

 自室にて。課題を解いている中──スマホが小さく震え、ぴろんと高い音が部屋に落ちた。なんだろう、と画面を見てみると── 「……来た……」  手が震えそうになる。鼓動が早くなる。  やんぱらの最新話が配信されたのだ。  陸奥先輩からは今日配信があることなんか言われなかったが、きっと俺の楽しみを取っておいてくれたのだろう。  とうとう監視型の少女の話はクライマックスを迎えている。主人公が少女と対峙はしていたが、どう切り抜けるか緊迫する場面なのだ。タップしていくたびに、彼女の狂気はどんどんと輪をかけて増していく。 『貴方の隣は、全部全部知ってる私の方がふさわしい。あの幼馴染よりも、あの後輩よりも、誰よりも。ねえ──そう思いませんか?』  歪んだ笑みを浮かべて、少女は言う。主人公が彼女の目を見据えて、覚悟を決めた。 『俺の選択は──』  緊張とともに、画面をタップする。 『レンズ越しなんかよりも、実物の俺と関わった方がもっと知れるだろ? カメラの前じゃどうも緊張するタチなんだ』  なけなしの勇気を振り絞って、主人公がはったりをかける。 『恋人になるには、お互いのことを知ってからじゃないとだめだろ。俺は君のことをよく知らないから──まずは、君と友達から始めたいんだ』  少女は、その言葉を受け──相手は自分を認めてくれた、全てを晒してもいいと思ってくれた。そばにいていいのだ──そう、解釈し、恍惚の笑みを浮かべる。  主人公は毎度、言葉巧みに様々なタイプのヤンデレたちを宥めていく。しかし、いつか知らぬうちに彼女らに退路を断たれそうで不安だ。そこがまたわくわくするポイントなのだけれど。  確かに、陸奥先輩が気に入るというのもわかる。だから主人公にそういうタイプを当てはめたのだろうか。  やっぱり、やんぱらは最高だ。生きててよかった。充足感とともに、天を仰ぐ。  監視型のヤンデレの子の話は、ここで一区切りついたようだ。あとで陸奥先輩に感想を言おう。  そう心に決め──カバンに着けていた、先輩からもらったぬいぐるみを撫でた。  ***  二回目だが、やはり良さは変わらない。放課後──図書室の中で。勉強で疲れ、息抜き程度にやんぱらを開き、昨日配信されたストーリーを読み返す。 「またやんぱらしてるんだ。なんか照れるなあ」  突然、後ろから声がした。声が出そうなのを寸でで抑えて振り向けば──そこにいたのは憧れの先生、陸奥先輩。 「よくここがわかりましたね」 「オレも勉強しようと思って」  周りに生徒が居なくてよかった。二階堂くんも今日は塾のようだし、利用者はいないのだろう。 「最新話、良かったでしょ? 二回も繰り返してやるなんて、よっぽど気にいったんだねえ」 「はは、いやあだってほんっとに良く、て……」  ふと、過ぎったのは──違和感。  ……これが、二回目のプレイだと──何故、わかったんだ?  何回もプレイしている可能性だってあるのに。どうして明確に二回だと思ったのだろう。疑問を抱いた瞬間、今までのことが脳裏をよぎる。 『ああ。俺が聞いた話だと──物が落ちてきて大怪我したとか?』  俺が救急車で運ばれた件。──伍代先輩はそう言っていた。噂ではそこまでしか広まらなかったのかと思ったのを覚えている。 『お友達庇って倉庫で怪我したんでしょ。いい子だね』  なぜ、そこまで詳しく知っているのか。何故、最近どこかへ行くたびに彼と顔を合わせるのか。それは、彼が──"観ていた"からじゃないのか?  恐ろしい可能性。有り得ない。あってはいけないのだ。  だが、先輩は俺の一縷の望みを裏切るように。あ、と気づいたような声をあげて。 「……あ。ああー、そっか。……作者としての自我が出過ぎちゃったな」  作者であることが、知られてしまったときと同じように。しかし──そのときよりも酷く冷たい軽薄な笑みで、そう言った。  沈黙で、耳が痛い。肌がひりつくような緊張が走った。  はは、と乾いた笑いを零して。強ばっているだろう俺の顔を一瞥してから──何かを考えるように宙へ視線をやり。彼は唇を開く。 「席が隣になったクラスメイト。優等生の後輩。俺様な同級生。天真爛漫なクラスメイト──」  指を折りながら淡々と続けられるそれは、自分にとって覚えのある関係性ばかりで。紛れもなく──歪んだ愛を向けた生徒たちだ。  ヤンデレを扱っている先輩のことだ。きっと、いいや間違いなく。彼らが俺へ重い愛を向けたことを知っているのだろう。 「……なんで、知って……」 「うん? 彼らにもカメラを仕掛けたから。……ああでも、もう彼らのはほとんど作動させてないけどね。目的のものは見られたし」  脳が、理解を拒んでいる。俺に構うことはなく、ひとり、滔々と語っていく。 「いやあ、びっくり。ヤンデレの素質がありそうな子を観察したら、どんどんアイデアが湧き出てね。……その通り、歪んだ顔を見せてくれるんだから。自分の観察眼に驚きだよ、想像力の賜物かな」  つまり──ヤンデレになりそうな生徒に目星をつけ、監視カメラで観察していた。そこから着想を得てやんぱらを更新していたが、その通りに彼らが動いた、ということか。  ゲームのような状況を望んだこともあったが。そんな現実とのリンクなんか要らない! 「バスケ部の部長。彼も予想通りだった」  口元を押えて、続けられたそれ。部長──伍代先輩のことだ。監禁される様の一部始終を観察していたのだろう。 「いつもだったら、思い出すと嬉しくて笑っちゃうんだけど……今は面白くないな」  笑みが、消える。いつもの朗らかな雰囲気とは真逆の、感情の抜け落ちたその顔に。一瞬、息が止まった。 「……なんで、俺のことも見てたんですか。病みそうな素質とか、無いでしょ」 「だって、ねえ。キミ、こぞって彼らに好かれてたし。興味が湧かない方がおかしくない? ──それに、オレの理想通りだったから」 「は……?」  理想通りって、俺が? 「理想、通りって……俺なんか、見ても面白くないでしょう。平凡だし」  震えそうになる声。焦りを見せないように装って、じっとこちらを見下ろす先輩の目を見つめる。目を逸らしてしまえば、張った虚勢がすぐに出てしまうような気がして。 「まあ、確かにぱっと見は冴えないね」 「……否定はしませんけど」  参宮くんにも同じようなことを言われた。微妙にダメージを受けるそれには目を向けないように、黙って言葉の続きを待つ。 「重い愛を向けられて、それでも尚関係を続ける人間なんてそうそういない。縁を切ろうと思ったことはある?」 「……いえ、ないです」  首を振る。健全な関係性を築きたい、とは思ったことがある。それは、彼らとの関係を長続きさせるために。友人として、適切な距離感を持ちたかったため。だって、縁を切るだなんて。そんなの、辛いじゃないか。 「そういうところだよ」  人差し指を突きつけられ、心底愉快そうに口の端が上がった。 「キミ、結構すごいやつだぜ。それに面白い」  理想通り──彼がそう言っていた、やんぱらの主人公。そこに、俺を重ねているのか。病んでる愛を向けられて、それでも友人として付き合っていく姿に。だから、俺は興味を向けられているのだろうか。  まるで心の中を読んだように。答えるように、にんまりと陸奥先輩は笑う。 「だから。キミの全部を知りたいと思うのも、当然だろ?」  ……頭が、痛くなってきた。恐らくこの人と真剣に話をしようとしても、のらりくらりとかわされてしまうような気がした。  目頭を押え、呼吸を整えて。必死に頭を回し、言葉を出力する。 「とりあえず……その、監視カメラの場所だけ教えて貰えますか」 「あれ結構高かったんだよな」 「知らないですよ。犯罪に使わんでください」  平然と、申し訳なさもなく返されたそれに眉根が寄ってしまう。先輩ということを一瞬忘れかけ、乱暴な口調になってしまった。  すると、彼は数秒顎に手を当てて逡巡する素振りを見せてから。 「じゃあ、ドキッとすること言ってくれたら教えようか」 「なんすかその無茶振り。無理です」 「じゃあ教えない」 「……先生に言いますよ」 「小学生ぶりに聞いたな、それ。いいじゃない、ちょっとなにか言ってくれれば考えるから」  この人は──面白いかどうかで行動しているような気がする。基本的に行動原理が子どものような好奇心なのだろう。……それが、かなり悪い方向に走ってしまっているようだ。  ドキッとすること。本当に、とんでもない無茶振りをしてくれたものだ。軽くパンチを入れても許されるだろうか。  彼が欲しがっている言葉は──理想を詰めた、人物が答えだろう。 「……ねえ、先輩」  気だるげな瞳は、純粋な好奇心に満ちている。頭痛がどんどん酷くなってきたが、ここを乗り切りさえすれば教えて貰えるのだ。そうに決まっている。  自分を励まし、緊張を振り切って口を開いた。 「……カメラ越しなんかより、リアルの方がもっと俺を知れますよ。遠くから見てるより、これからたくさん関わればいいでしょう」

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