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第2章 変わるもの、変わらないもの3※
身体を重ねた夜に感じた彼の声、吐息、体温、肌の感触、汗やフェロモンの香りを思い出すとろうそくに火がともるように身体が熱を帯び、潤滑剤もなしに前と後ろが濡 れ始めた。
先端から出てきた先走り液を手に纏 わせ、ちょうどいい力加減で自身を上下にゆっくり擦ればじょじょに兆し、鎌首をもたげる。あふれる液体を鬼頭に塗りつけ、じれったいくらいの速度でやさしく撫でる。
自身を慰めながら、もう片方の手で服の上から乳首を指の腹で転がしたり、摘んだ。
「……先輩……先輩……!」
下着を膝まで下ろし、布団の上で四つん這 いになる。先輩の残り香のあるシャツに鼻を埋め、勃起した自身を握っていた手を背後の臀 部 へと回す。奥の蕾 へ人差し指をあてると粘性のある熱い液体に触れる。とろとろとこぼれる愛液を指先にまとわせ、わずかに圧を掛けただけで後孔は難なく口を開いた。ナメクジやカタツムリが地を這うような速度で奥へ進んでいけば、指一本を丸々飲み込んでしまう。
息を整え、唇を舌で濡らした。
慎重に指を外へ向かって引き抜き、抜ける直前で奥へと戻す行為を繰り返す。
最初はゆっくりだった動きを段々速めていけば後孔は、もっと寄越せといわんばかりに口を開閉させ、分泌液をダラダラと垂れ流した。人差し指だけでなく中指も挿入 れ、指を曲げて腹の前のほうをさぐる。指の腹が、わずかにほかの場所よりも固くなっているところに触れた瞬間、目の前で火花が散った。
「ああっ!」
甘い電流が全身に走り、身体が跳ねる。先端から透明な液体をピュッと腹へ吐き出し、腰がより一層、重くなる。
目の前にある先輩のシャツを噛んで声を出さないようにして、その場所を指の腹で撫で上げたり、こねくり回した。
次第に腹の中にグルグルと熱が渦巻き、足や手が小刻みに震え始めた。汗をじんわりとかき、身体がどんどん熱くなっていく。腰は自然と前後左右に揺れ、頭の中は気持ちいいことをもっと、もっととほしがる。
「ん、んぅ……ふ、うあ……」
額をシャツに押しつけ、先輩の余裕のない声や荒い吐息、太くて熱い楔 に穿 たれ、身体を揺さぶられたのを思い起こす。
グジュグジュと水音を大きく立てて指の出し入れをさらに速めた。痙 攣 する中を擦りあげ、指の腹でしこっているところをリズムよく突き上げる。
アナルが指を強くはむような動作をして睾 丸 がきゅっと上がる。放出のときを求めて快感がじわじわとせり上がってくる。腹を叩 いている、赤く膨張したものの先を左手で包み込んだ。
口元がゆるみ、唾液の染み込んだ布が口から離れた。
「……せんぱ……んぅっ!」
彼の小さく彼の名前を口にした瞬間、パチンと何かが弾けた。
「ひっ……あ、あっ……」
手の中に断続的に白濁液を勢いよく吐き出し、後ろの性器と化した場所は、おれの指をぎゅっと締めつけて搾り取るような動きをした。指の隙間から出てきた体液が股の間や会陰部をしとどに濡らした。
独特の青臭いにおいが室内に漂う。
蛍光灯の明かりの下でベトベトになって汚れた手のひらを見た。やわらかな口づけが唇に落ちてくることも、汗ばんだ腕に抱かれることもない。
熱が引いて冷静になったもうひとりの自分が、「なんで、こんな意味のないことをしているんだ?」と容赦なく責め立ててくる。
まるで堰 の壊れたダムみたいに号泣する。自身のシャツを両手で強く握りしめ、涙が枯れ果てるまで先輩のシャツに頬を押しつけた。
そのまま一週間が過ぎたが状況は変わらない。
単発のアルバイトを継続的にやらせてもらう形で最低限の資金は調達できた。
「このままここで働きなよ」と正社員の方に厚意で言ってもらえたものの、ベータの学生アルバイトを求めている店長はあまりいい顔をしない。
オメガで二十代後半の独り身。おまけにフルタイムで週五日働きたいおれでは、求めている人物像と大きくかけ離れているのだ。
就活で採用してもらえたのは魂の番であるアルファ、番となる予定の恋人がいたことも理由のひとつだったと気づき、頭を抱える。
先輩と番契約をしてなくても彼の魂の番だ。彼からもらった生体認証システムのついた首輪 をつけていた。すでにアルファとオメガの婚姻届は役所へ提出済みだったから万が一ほかのアルファやベータに襲われたときは国の保証制度を受けられる。補助金を使って先輩以外のアルファとの番解除や誤って妊娠した場合の堕胎手術、養子縁組制度が利用できる。
何より発情期を薬で抑えられないときは近くにいる先輩へ緊急連絡が入るようになっていた。彼のいた大学院と俺の職場は目と鼻の先にあった。電車で五分、走っても十分で着く距離だったのが大きいだろう。
崖っぷちに立たされたたおれは一 縷 の望みを掛け、大学時代の知人や前職でお世話になった先輩方へ連絡を取った。LIME でメッセージを送ったり、メールを打ったりしたが「力になれなくて、ごめん」と謝罪の言葉しか返ってこない。
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