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第2章 変わるもの、変わらないもの5
でも両親に甘やかされていた子ども時代や先輩がいたときと今は違う。そんな余裕はないんだと思い直した。
「簡単に言うな。シフトはもう決まってるんだぞ」
『だからって、ずっと単発の仕事やアルバイトばかりじゃ、やってけないだろ。特に薫はオメガだから大卒でも足元を見られやすい。マンションの家賃だって、こっちの相場に比べたら、ずいぶん高い。東京じゃ光熱費や食費だってバカにならないだろ。第一、先輩と子どもと住むのにはちょうどいい広さだが、ミニマリスト級に持ち物が少ないおまえには部屋が広すぎるんじゃないか?』
ズキッと胸が痛んだ。
ひとりで仕事を終え、先輩のいない部屋へ帰るたびにさびしさを覚え、味気ない食事をする。会話をする相手のなくなった目の前の椅子を眺め、もしも彼が生きていたらと、あり得ない未来を想像するのだ。
おれも瞬の奥さんのように子どもを授かり、ほかの女やオメガの男たちのように赤ちゃんを育てていたはず。
福祉や介護、医療現場の人を助けるロボットを作成する仕事についた先輩。
彼はアルファでありながらオメガに嫌われることが多く恋愛に興味を持っていなかった。
おれと出会った当初もパニックを起こし、魂の番に出会ったからと平常心をなくすのはおかしいと研究に打ち込んだ。何を考えているかわかりにくくて誤解されやすい人だったけど根はやさしく、愛情深い人だった。
きっと赤ちゃんを抱くときはこわごわとした手つきになって石のように固まったり、夜泣きがひどくてロボットであやしたら余計に泣かれてオロオロしたはずだと空想の世界に浸る。
外の世界と異なり、時間の流れを感じさせない部屋で彼の面影を描き続けるのだ。
無言を貫いていれば『そうそう言い忘れてたぜ』と電話口の友が先に口を開く。『うちの高校で文化祭を開催するんだ。添付資料を送ったから後で見てくれよ。いい返事を期待してる。じゃあな!』
「お、おい!」
ピコンと音が鳴る。スマホの画面は通話画面から待受画面に戻っていた。次いでLIMEのメッセージ通知音が鳴る。
ファイルがふたつ来ており一番上のファイルを開くと、私立北 条 大学付属高等学校と書かれ、制服を身にまとった男女の生徒が写ったパンフレットが表示される。もうひとつのファイルには、紅葉の葉が色づく校舎に老若男女が出入りし、メイド喫茶のメイドや演劇部の部員が王子と王女に扮 して吹奏楽部が楽器演奏をしたり、屋台でたこ焼きを売っている学生の色鮮やかなイラストが描かれた文化祭のパンフレットが入っていた。
まるで竜巻や、つむじ風が突然やってきて、あっという間に去っていったかのような気分だ。
「瞬のやつ、おれに金がないことをわかっていて栃木の高校まで来いと言ってるのか……?」
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