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第3章 最悪な出会い1

 瞬に断りの電話を入れようと思っていたのに日曜日になると、なぜかおれはアルバイト先ではなく、北条高校の正門前にいた。  学生が飾りつけた門を他校の生徒や生徒の保護者、子どもたちが行き交う。明るい笑い声や、楽しくおしゃべりをする声、クラスや部活動で行っている催しを宣伝する元気な声がする。  吹奏楽部の生演奏がBGMだ。軽快で陽気なジャズ音楽が奏でられている。  屋台で焼いている焼きそばや焼きうどん、お好み焼きのソースの香ばしい香りが漂い、それにチョコバナナやクレープ、りんご(あめ)の甘い香りとまざって漂ってくる。 「遅くなって悪い!」  首から「事務員」のネームプレートをかけた瞬が目の前の駐車場からやってくる。手には赤い誘導灯の棒が握られていた。 「大丈夫だ。そんなに待ってない。事務員なのに朝から駐車場の警備か?」 「朝は事務所で来客対応や迷子の待機場所の受け付けをしてた。時間ごとにローテーションで役を変えている。休憩を一時間半取ってからは、校内巡回だ」 「(あさ)(ぎり)先輩、交代します」とパンツ姿の若い事務員の女性が校舎のほうから駆けてくる。  瞬は「おお、頼む。九月といえど結構な暑さだ。水分補給を忘れないように気をつけろ」と誘導灯を渡す。  彼女と目が合い、挨拶をしてから会釈した。  女性事務員は頬を赤らめ、慌てて背中を九十度に曲げて、お辞儀をした。勢いよく顔を上げ、目元に掛かった前髪を手で耳元へさっとかきあげる。 「あなたが先輩のお友だちの桐生さんですね。東京からようこそいらっしゃいました! 今日は北条高校の文化祭を楽しんでいってください。それでは」  ローヒールの靴を鳴らして駐車場まで駆けていく彼女の背中を見つめていると、瞬がしたり顔で笑った。 「ほらな、言った通りだ。相変わらず女子からモテるなー、この色男!」  肘鉄を食らわされるのを「やめろよ」と止める。「お生憎様だが、おれは同性愛者だ。それより、なんで彼女がおれの名前や住んでる場所を知っている?」 「そりゃあ東京からすっげえイケメンがやってくるって、あらかじめ説明してあったし、おまえの大学時代の写真をスマホで見せたからな!」 「おれは自分の容姿が整っているとは思わないがな」 「おまえの意見はそうでも世間一般のやつからしたら、かなり整ってるほうだぞ。うちの女性陣も『オメガなんですか!? アルファと思った』なんて見とれていたくらいだ! 課長にいたっては『最近のアイドルか?』なんて訊いてきたぞ」 「おまえなあ……」とあきれてしまう。「ここに来たのは、あくまでもおまえや奥さんである()()さん、()(のん)ちゃんへの恩返しみたいなものだからな。この学校に勤めようとか、面接を受けようと思って来たわけじゃない」  門を抜け、屋台のほうへと足を進めながら瞬と話をする。 「そうかよ。とりあえず事務所に顔を出してから、まずは図書館の見学、そんで茶道部を見よう。でも、まずは腹ごしらえだ。腹は減ってるか?」 「ペコペコだ。おまえが昼飯は高校の出し物を食べようと言うから抜いてきた」 「そうこなくっちゃ!」  そうしておれたちは焼きそばや焼きうどん、お好み焼きやたこ焼き、イカ焼きを買った。  校庭の隅にある購買部まで移動し、ベンチに腰掛け、遅い昼食をとる。 「ところで志乃さんたちは、どうした? ここには来てないのか?」 「花音の具合が悪いから家で留守にしてる。花音のやつ、楽しみすぎて、ずーっと夜ふかしを続けてたんだ。オレや志乃が『早く寝ろ!』って言っても言うことを聞かなくてな。昨日から熱を出してベッドの住人だ」 「大丈夫なのか?」  幼児は熱を出しやすいとよく聞く。  それでも友人の子で、赤ちゃんの頃から見てきた子どもの具合が悪い話を耳にすれば自分の生んだ子でなくても不安だし、心配になってしまう。 「ただの風邪さ。病院に行って鼻詰まりやのどの痛みをやわらげる薬、(せき)止めをもらってきた。安静にしてれば二、三日で治るんだが……」 「怒って寝ないんだな」  花音ちゃんは思いやりのある子だが、いささか頑固な性格をしていた。嫌いなピーマンを食べるよう瞬や志乃さんに言われたら食べるふりをして、ふたりの目を盗んでこっそりゴミ箱に捨てる。お気に入りの洋服が乾いてなくて着られなかったときは「幼稚園に行かない!」と言い張り、布団にくるまって出てこない。「子育てがこんなに大変なものだなんて思わなかった」と志乃さんが頬に手をあてて、しゃべっていた姿を思い出す。 「『パパだけ遊びに行くのずるい! 花音も行く!』って散々泣かれた。足にしがみついてきて、引き剥がすのに大変だったよ。パジャマ姿で大泣きして玄関まで着いてこようとするし、『連れてってくれないなら、ご飯いらない!』ってご飯(ぢゃ)(わん)をひっくり返すわで、まいった。志乃ひとりで面倒を見るのも大変だから、お義母さんとお義父さんにも来てもらってる」  たこ焼きを頬張りながら遠くを見つめている瞬に声を掛ける。 「だとしたら、家で待っている志乃さんや花音ちゃん、義理のご両親に土産を買って帰らないとな」 

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