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第3章 最悪な出会い2
「もちろん、そうするつもりだ。それにしても、なんだか懐かしい気分になるな。この雰囲気、大学の学園祭を思い出さないか?」
長いようで短かった四年間のできごとが頭に浮かんできた。
「おまえがライブでエレキギターをかき鳴らしていたやつは、いつものおちゃらけている感じがなくて様になってたぞ。かっこよかった」
「サンキュ! 薫は着物を着て茶道部のお点前をやってたよな。女性客が大勢やってきて長蛇の列を作っていて何ごとかとビビったぞ」
「そんなことあったか?」
「あったぞ。おまえを取り囲む女性陣に先輩が、どうしたらいいって右往左往したから、よく覚えてるぞ。それから――」
生ぬるくなったペットボトルのお茶を口に含み、休憩を取っている学生を観察する。おそらくカップだろう。制服を着た女子生徒が目をキラキラ輝かせて男子生徒と話していた。女子生徒に肩を叩かれた男子生徒は「やめろよなー」と言いながら口元をにやけさせている。彼女の頬を軽くつまみ、彼女のことが愛しいといわんばかりのやさしい微笑みを浮かべた。
見知らぬ子どもたちでも幸せそうに笑っている姿を目にすれば顔がほころぶ。
同時に、チクチクと針で刺されているかのような痛みを胸に感じた。
「薫……薫!」
「なんだ?」
眉を下げた瞬は口を開きかけ、何かを言おうとした。が、「ごめん、何を言うか忘れちまった!」と頭の後ろに手をやって口角を上げた。
おれは、箸で四等分にしたお好み焼きを箸で取り、口へ運ぶと海を連想させる磯 の香りを鼻で感じた。味も高校生が作ったとは思えないくらいにうまい。
それでも先輩と初めて一緒に学園祭を回ったときに食べた、お好み焼きの味とは雲泥の差があった。
「そうそう、ひとつ言い忘れてたことがある」
「なんだ?」
「図書館の司書の方は、みんないい人だ。きっと、おまえもすぐに打ち解けると思う。しかし茶道部のほうは……」
茶道部に何か問題があるのだろうか? 生徒がお茶の稽古をまじめにやらなかったり、素行不良な人間が出入りしたり入り浸る茶室になのかと眉をひそめる。
「茶道部の監督は古文担当の楠先生がやってる。彼はアルファだ」
ああ、そういうことかと納得し、膝の上にある食べかけのお好み焼きへ目線をやる。
「発情期は当分来ないと医師から言われているが重々気をつけるつもりだ。抑制剤と避妊具はいつも用意してある。勤務中は首輪 を首につけるから安心しろ。緊急避妊薬も常備している」
「薫は、そこら辺、しっかりしてるから大丈夫だと信頼してる。それに、おまえがアルファに傷つけられるようなことがあったらオレは友だちとして、おまえを傷つけたやつを許さない。ただ言いたいのは、そういうことじゃないんだ」
では一体なんだろうと首をかしげる。
「彼は上級アルファだ」
上級アルファはアルファの中のアルファ。アルファの頂点に立つ存在だ。気位やプライドが高く、オメガやベータを格下扱いし、アルファとオメガの同性婚を忌み嫌うものも少なくない。
「もちろん私立だから、うちの学校の気風にあった考えをしている人だ。性格も悪くない。ただ――先輩と同じようなタイプの人でな」
半笑いしながら、たこ焼きに串を刺している瞬の言葉にムッとして、横目で睨 んだ。
「先輩と同じだと?」
「ああ、言葉が足りない人なんた」
モゴモゴと口を動かしていた親友は突然目を輝かせ、「これ、たこが二個、入ってる。大あたりだ、得したぞ!」と満面の笑みを浮かべる。
「無口な人なのか?」
「先輩が無口なら、先生は寡黙かなあ。先輩は大学に入った頃のおまえ以上に人としゃべるのが苦手だったし、ちょとやそっとのことじゃ動じないドンと構えている人に見えて、存外臆病なところがあっただろ」
「否定はしない。『ロボットと友だちになれても人間とは友だちになれない』というのが彼の口ぐせだったからな」
「先生も上級アルファ特有というか、いささか古風なんだよ。おまえの親父さんみたいにな。それに『言わなくてもわかるだろ』って態度や目線で言ってくるところがある」
「なんだ、それ。ものすごく、めんどくさいやつじゃないか」
「おまえ、父親に似てる人間だからって言い方がきついぞ。THE ・昭和の男って性格をしているだけで」
「時代錯誤も甚だしい。今は令和の時代だ」
おれだって話すことは当初苦手だった。だけど自分を理解してもらうには、相手を理解するには言葉を交わさなければ意味がないのだ。
子どもを大勢相手にする教師で、古文という昔の日本にあった言葉や文章を教える立場でありながら、人と話す努力をしないなんて信じられない。
「あー……やっぱ言わないほうがよかったかな」
怒られることがわかっている子どものように上目遣いをしながら、瞬は箸を噛んだ。
「おまえ、行儀が悪いぞ」と指摘し、食べ終わったタッパーに輪ゴムを掛ける。「今の話は聞かなかったことにする。こちらも大人の態度で接するが、あまりにも人に無礼な態度をとるやつだった場合は一言申させてもらう」
そんな人間が茶道をやっているなんて言語道断。絶対に仲よくできない。
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