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第3章 最悪な出会い4
「申し訳ありません。大変失礼いたしました。今のは聞かなかったことに……」
「隠し事が苦手だったりします? 顔に『まずいことを言った』って書かれてますよ」と笹野さんが人差し指を立てた。「よく人から誤解されるんじゃありません? デパートのお客様から『おまえ、俺をバカにしてるのか!』とか『それがお客様への態度か!?』みたいな」
「……仰る通りです」
図星だ。
大学時代に書店のアルバイトをしたり、日本茶専門店での研修中にお客様から、よく怒られたのだ。
友だちが少なくて高校卒業までは家族と過ごす時間のほうが多かったし、茶道部でも先輩、後輩や同級生と最低限の会話しかしなかった。
大学でも瞬や先輩といった特定の人としか関わならないでいた。
他人に嫌われてもそれはいつものこと、人と会話をするのは時間の無駄で済ませてきた結果、接客業でお客様を怒らせる問題児となったのだ。
たまたま運がよかったから書店の店長や先輩たちが怒りながらも教えてくれてた。日本茶専門店でも上司や先輩方のフォローがあって少しずつ変わることができた。
だが根本的な気質は変わらない。つい余分なことを言ってボロが出る。
また、やらかしたなと天を仰いだ。
笹野さんは、どんな反応をするのだろう思っていれば、「それだと面接も大変だったんじゃないですか?」と訊いてくる。
「そう、ですね。やはり企業の採用担当の方も『後で何か問題を起こすんじゃないか』って警戒しますし」
「苦労されてますね」
「いえ、おれに原因があるので仕方がないんです。若かったから雇ってもらえただけ。オメガでも世間で活躍している人は、たくさんいます。今まで努力を怠ってきたおれに責任があるんです」
瞬には、とんでもなく悪いことをしたなと後悔する。
こんな話を初対面の人間にされて笹野さんも引いているはずだ。
「桐生さん……栃木に来るのは、やはり難しいですか?」
「えっ……?」
何を言われたのかわからず困惑していれば彼女は「番を失って長期的に体調を崩されていたんですよね」と眉を八の字にする。
「瞬が話したんですね」
「はい、『プライバシーの侵害だ』と怒らないでくださいね。朝霧さんは友だちであるあなたが、なかなか職を持てずに苦しんでいることに胸を痛めていました。それに番を失ったオメガが苦しい思いをして生き残っても、なんの保証もなく世間から断絶されてしまう現状に疑問を感じてるそうです。
この高校はオメガをアルファ至上主義の人間や世間の目から守るために設立されたもの。かくいうわたしや鈴木くん、館長や、ほかの職員も訳ありオメガです」
「訳あり?」
すると彼女は、まなじりを下げた。
「全員、死にかけたオメガの集まりです。それも、ある日突然、体調を悪くして余命宣告をされた者ばかり。医師から『世界のどこかにいる魂の番を失い、身体が死の淵をさまよっている』と言われた人間たちなんです」
彼女の言葉に息を飲んだ。
どうして瞬が、おれに栃木へ来ないかと言ってきたのか、その理由がこの図書館にあったのだと驚かされる。
「みんな、なんとか最新医療のおかげで一命を取り留めましたが、長年病院にいたせいで浦島太郎みたいな状態になりました。職が見つからず、どうやって生活していこう……って悩んでいたら、ここに辿り着いた。もちろん桐生さんが真面目に仕事をするのか、図書館での仕事を長くやっていけるのかは別問題です。お金の問題や東京を番である方とともに過ごした場所を離れることへの未練などもあるでしょう。それに雇う・雇わないを最終的に決めるのは、面接を担当する可能性の高い館長や上司です。でも、わたし個人としては、あなたと働けたらいいなと思うのが本音ですよ」
「……ありがとうございます」
うれしい一言をもらえて火がともったかのように胸が温かくなる。
それでもマンションを手放したくないという欲が顔をちらつかせた。
「腹の中であれこれ考え、人に取り入ろうとする人よりも桐生さんみたいにストレートに感情を表現される人のほうが、わたしは好きですね。それに、あなたなら……」
じっと黒い瞳に見つめられる。まるで心の中を探るような目つきをして凝視してくるものだから思わず、たじろいでしまう。
「てめえ、オレの彼女に何してんだよ!」
廊下のほうから突然、男の怒声がして、おれたちは肩をすくませた。
「何?」「何かあったのかな?」と図書館にいた生徒が顔を見合わせる。
本を読んでいた一般客も戸惑いを隠せない様子で本から目線を外し、人形劇を見ていた子どもたちが泣く一歩手前の顔をする。
幼い子どもたちの母親や先生は子どもを抱きかかえたり、辺りを警戒する。
図書館にいた男たちの一部は「なんだなんだ」と入り口のほうへ顔を出した。
「今のはなんでしょう?」と笹野さんが険しい顔つきをする。
「わかりません。笹野さんはここにいてください」
「桐生さん?」
おれも野次馬の中にまじって廊下へと目を向ける。
素行の悪そうな男たち五人と派手な格好をした女生徒ふたり、そして身体を震わせている男子生徒がいた。
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