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第3章 最悪な出会い5

「すみません、何があったんですか?」  隣の男性に聞いてみれば「喧嘩だよ」と言われる。「あそこの女子生徒が『しりを触られた』って急に怒り出したんだ。で、頭が真っ青なあんちゃんが『俺の女に手を出したな!』って、あそこで縮こまっている男子生徒に怒鳴り始めた」 「そうですか……ありがとうございます」  群衆の中から一旦離れ、受付にいる鈴木さんへ話しかける。 「すみません、鈴木さん」 「えっと、」 「桐生です。朝霧の姿が見えませんが、どこへ?」  受付の後ろにある事務所には司書の方の姿が見えない。土日だから休んでいる人が多いのか、それとも出払っているのかは定かでないが、ここには笹野さんと鈴木さんしかいないのは確かだ。 「事務室へ行きました。奥様へのお土産として書籍をイメージしたブーケを買われた後、『荷物を置いてくる』と席を外されたんです。内線を掛けてみましたがタイミングが悪いのか、つながらなくて……」 「失礼ですが、職員室の教員の方や警備の方へ電話はされましたか?」 「はい、ですが職員室も駄目です。警備にはつながったんですが、ひとりは巨大迷路の中に入って迷子になっている幼稚園児をさがしている最中。もうひとりは別館の体育館です。『今、軽音部のライブ中だからよく聞こえない、後で行く』と言われてしまいました」  あまり、よくない状況だ。  周りの大人は触らぬ神に祟りなしで生徒と派手な頭をした青年たちを遠目に見ているだけ。 「てめえ、さっさと土下座しろや!」 「そうよ、このストーカー! わたしに振られたのが面白くないからってパンツ盗撮するなんて最低」 「ち、ちが……僕はそんな……」  壁際に追いやられた少年が口答えをすると腰パンをした男が壁を蹴り上げた。 「言い訳してんじゃねえよ! それでも玉ついてんのか、てめえ!」 「ひいっ……!」  身体を震わせている男子生徒の反応を見て、男の仲間がゲラゲラ笑う。スマホを取り出し、少年の姿を映し始める。 「みなさーん、注目、注目! オメガの男がアルファの女子生徒を襲おうとしました……!」  これは、いくらなんでもまずい。高校の名前に傷がつくだけでなく、やり過ぎだ。度を越している。  誰も動く気配がないので、おれは男子生徒のほうへ向かう。  すると鈴木さんが、くまのような手で、むんずと手首を掴んだ。 「桐生さん、人が来るのを待ちましょう!」 「いや、このままじゃ、あの子がかわいそうだ」 「けど桐生さんに何かあったら、それこそ大変です」 「おれには子どもがいないし、待っている家族もいないから平気だ。精々、瞬が『何やってるんだ!』って怒るくらいだろう」 「ですから学校の来賓客が殴られたりしたら大問題ですって! そもそも、あなたがこの図書館に勤められなくなるかもしれません……」 「早く謝れっつってんだろ!」 「謝れ、謝れ!」  男たちがはやし立て、少年はボロボロと涙をこぼしていた。  おれは鈴木さんのどうしようと迷い、オロオロしている姿を見つめた。 「大人が見て見ぬふりをしたら、子どもであるあの子は二度と大人や世界を信じられなくなります。学校に来られなくなり、人や世界を怖がるようになってしまうかもしれません。それに比べたら顔を殴られ、腕の一本や二本、折られるくらい大したことじゃないですよ」  そうして彼の手をどけ、大股歩きで人ごみの中に入り、廊下へ出る。 「いい加減にしろ。いくらなんでも、みっともないぞ」  男たちが「なんだ、てめえ!」と声を荒らげてこちらを振り返る。  しかし彼らは戸惑いの色を浮かべ、うろたえた。小声で「男……だよな?」「そうっすよね? 声の低さと胸のなさからして……」と内緒話を始める。 「男だ。何か文句があるか? それより、さっさとそのスマホを下ろせ」 「なんだよ、おっさん! こいつの親戚か、家族かよ? 急に偉そうに説教垂れてんじゃねえ!」  被害者の友だちであろうミニスカートを履いた少女が顔を真っ赤にして睨みつけてくる。 「説教を垂れたつもりはない。ここは文化祭を行っている校内だ。人の目もある。気分が乗って大声を出したくなる気持ちもわかるがライブ会場は体育館だ。ここでは迷惑になる。それに怒鳴っているような声が聞こえれば、ご婦人方や小さな子どもも驚いてしまうし、あなたたちが営業妨害のように文化祭を邪魔しに来たのだと勘違いする人も出る」 「うっせえな、クソジジイ! こいつがわたしのケツを触ったから怒ってんだ。部外者は引っ込んでろ。ちょっと、あんたもなんか言ってよ!」 「いや、でも……この人さあ……」  被害を受けたと主張する少女が彼氏をせっついた。  しかし男たちは、さっきまでの威勢はどこかにいき、しゅんとしている。 「では警察を呼ぼう。ここで個人的に騒ぎ立てるよりも、ちゃんと専門の人間に判断してもらったほうがいい」  スマホを取り出そうとすれば、「てめえ!」とネイルの行き届いた女の長い爪が腕に食い込んだ。 「おまえら、何をしている?」  抑揚のない低い男の声がするほうへ振り返ればメガネをかけた長身の男がいた。

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