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第3章 最悪な出会い6

 ガタイがよく、紺色のジャージを着ているから体育教師か運動部の顧問だろうか?  どこか先輩に雰囲気が似ている気がする。  冷たそうな目つきに似合わず、どこか懐かしく温もりを感じさせるお日様の香りがしてきた。すぐにそれは柔軟剤や香水、シャンプーなどの人工的な香りでなく上級アルファのフェロモンだと気づく。  おれの手からスマホを奪い取ろうとしていた女生徒は、ぱっと身を翻し、目を潤ませた。ピンクのリップが塗られた唇で「クソジジイ」と言って金切り声をあげていたのに、今は「楠先生」と甘ったるい声を出している。  ベータの彼氏はあからさまに顔を引きつらせた。が、彼女の「てめえ、余計なことは言わずに黙ってろよ」という人を射殺さんばかりの目つきで一睨みされると、おとなしく口をつぐんだ。  彼女の友だちであろう少女も頬を紅潮させ、男のがっしりと筋肉のついている腕に腕を絡め、胸を押しつける。  しかし男は眉ひとつ動かさず、まるで人間とうりふたつの蝋人形のような顔をしている。 「あのねえ、そこのオメガが、わたしのストーカーなの」 「そうそう! それで、この子の下着を盗撮してたところを、うちのお兄ちゃんたちが押さえてたところなんだ」  温度を感じさせない赤茶色の瞳が壁に背を預けている少年のほうへ向けられる。 「そこのメガネを掛けた黒髪の少年が?」 「そうだよ、そいつ以外にいると思う? つーかさ、そこの人が丸メガネ野郎の身内で、わたしたちに因縁をつけてくるんだけど」 「おい、なんのことだ?」と言えば、女子生徒たちは「キャー!」と黄色い悲鳴をあげた。 「やだ、マジでこっわーい! もう先生、その犯罪者予備軍どもを早く警察に突き出しちゃってよ!」  少年は肩を震わせ、顔面蒼白状態になった。 「おまえらなあ……」  抗議しようとしたら、アルファの男が女子生徒たちの腕に絡んでいる手を無理やりどけて、機嫌悪そうに「それはおかしな話だ」と腕組みをする。 「おかしいって何がよ?」と女子生徒たちが、しらを切る。頬をふくらませたり、眉を八の字にして、か弱い女子を演出した。 「そこの少年は長らくセクハラを受け、おまえに無理やりキスをされたり、股間や胸を触られ、服を脱がされそうになったと、おれや教師たちに相談していたからな」 「おい、ちょっと待てよ、話が違うじゃねえか!? つーか浮気してたんかよ?」と青い頭をした男が卒倒する。  すると痴漢されていたと騒いでいた女子生徒は、「ち、違うし、濡れ衣だっつーの!」と焦り始める。  隣にいたミニスカートの女子生徒が「お兄、黙っててよ!」と般若のような顔をした。 「何かの間違いだし。恋人がいるわたしが、こんな冴えない男を相手すると思うわけ……?」  ジャージ男はメガネのブリッジを指先で上げると不遜な笑みを浮かべる。 「アルファの中にはオメガの気に入った人間を愛人やセフレとして囲う者もいるからな」  おれは、ぎょっとして男の言葉に目を剥いた。  十八歳以下の子どもが通う高校で、おまけに今日は文化祭のある日だ。  図書館の中には保育園や幼稚園に通う幼児や小学生、奥様方だtれいるのに、この男、真っ昼間からとんでもない単語を平然と口にする。  前言撤回だ。こいつのどこが先輩に似ている!? というか大人の男として、こんな発言をするなんて信じられない!   猛烈に頭が痛くなってくる。 「じゃあ、証拠見せろし!」と女子生徒がジャージ男に自信満々に言った。「どうせ、そいつの言葉だけなんでしょ? 楠先生、そこのオメガの嘘を信じるとかマジないわ。ひどすぎ」  突然、ジャージ男は腹を抱えて人をバカにするような大笑いをした。  女子生徒と輩のような連中、図書館にいた大人や近くを通る人間、そしておれもドン引きだ。 「もちろんだ。彼の撮っていた隠しカメラの映像に、ボイスレコーダーの音声、そして彼の友だちの証言。すべて揃っているぞ。そうだな、今日は監視カメラの映像も警察に提出するか!」 「か、監視カメラぁ?」  今度は女子生徒たちのほうが顔色を悪くさせる番だった。 「そうだ」とジャージ男は図書館の入口の隅を指差す。「近年は高校でもオメガを狙ったいじめや犯罪が多い。逆にアルファやベータをレイプ加害者とする冤罪もな。だから監視カメラを設置すると校長が前回朝会で言っていたのを忘れたのか?」 「そんなの知らない。つーか、人権侵害だろ……親父に言いつけてやる!」  ずいとジャージ男は「やれるものならやってみろ!」と挑発する。「おまえの素行の悪さは教師の間でも知れ渡っている。オメガの女子生徒を殴り、暴言を放ち、授業妨害をしている」 「だから、なんだっつーんだよ!」  とうとう女子生徒は猫をかぶるのをやめ、本性を剥き出しにして、ジャージ男に食ってかかる。 「うちは、あくまでオメガの自主性を重んじる学校だ。アルファが好き勝手していい場所ではない」  警備の男たちがやってきて素行の悪そうな男たちを誘導し始める。  男たちは舌打ちをした後、無言のまま移動していく。  しかし女子生徒は「触んなよ!」「てめえらの言うことなんて聞くかよ!」と反抗した。

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