18 / 102
第3章 最悪な出会い8
途端にジャージ男は口角を上げ、「それはやってみなければわからないだろう」と不敵な笑みを浮かべる。「わかり合えなくても互いの事情を理解しあったり、譲歩し合うことや条件を出し、互いに今後干渉しないようにすることもできるかもしれない。話し合いをした結果駄目でも、わかり合えない人間だということがわかるし、最後まで最善を尽くしたと後悔しなくて済むだろう?」
その瞬間、おれの中でデジャヴする。
先輩と番になることを家族から反対され、挨拶をしに行ったのに追い出されてしまった。何度も彼に謝り、家族が理解してくれないことに憤りや悲しみを感じて気落ちしていたら、先輩がなぜか微笑んだのだ。
『大丈夫だよ、薫。オレは最後まで薫の家族から受け入れてもらえるよう努力したいんだ』
『無駄ですよ、先輩。父は排他主義な人間です。家柄で人を測るし、ものすごく古風で頭が固いんです。きっと墓の中に行くまで意見を変えようとしない』
『それは、やってみないとわからないだろう』
先輩はおれの手を取って、やさしい声色で話しかけてくれた。
『まだ話し合いをするスタートラインにすら立ってない。だから、オレという人間を知ってもらえていないんだ。いいところも、悪いところも知ってもらえば必ず薫の家族も最後にはオレを理解してくれる。オレたちの関係を許してくれるとよ』
『どうして、そんなことが言えるんですか?』
『だって薫の大切な家族だから。オレの一番好きな人とともに過ごしてきた人たちだから、いつかわかり合える日が来るって信じてるんだ』
そこで、おれは過去の思い出に浸るのをやめ、現実世界へと意識を戻す。
少年のクラスメートらしき生徒ふたりが、やって来た。
メガネを掛けた少年は憑き物が落ちたかのように、どこか清々しい笑みを浮かべ、おれとジャージ男に会釈した。クラスメートたちと話しながら、その場を後にする。
ジャージ男は「文化祭、楽しめよ!」と大声を出し、少年に手を振った。
こいつが失礼千万で亭主関白気質なアルファの男でも、教師として生徒のことを思っている人間だということが多少はわかり、姿勢を正す。
「あんた、生徒のことをちゃんと考えてるんだな」
「当然だ、それが教師の務めだからな」と男は自信満々に胸を張る。「ましてや、この高校はオメガの生徒が社会に出て活躍できるよう自我を育て、オメガ以外の人間とも対等に関われるよう訓練をする場だ。その手助けをするのが、おれたち教師の役目だからな」
「なるほど、それがあんたのポリシーというやつか、楠先生」
すると彼は目を細め、こちらをジロジロ見てきた。まるで犬が怪しい人物か、そうでないかを見極めるためににおいを嗅いだり、人の周りをグルグル回るみたいに、こちらを観察する。
「ところで、あんた、誰の父兄だ? 見慣れない顔をしている。生徒の関係者でないなら職員室や事務所を案内するが必要か?」
あいかわらず敬語で話さないんだなと半笑いする。今さら敬語で話すのもめんどうで、おれも砕けた口調で彼と話すことにした。
「生徒の父兄ではない。この高校で事務をやっている朝霧に呼ばれた。桐生という者だ」
「桐生?」と楠先生は首をかしげた。顔には「誰だ、おまえ」と書かれている。
「図書館の司書及び茶道部の講師をしてみないかと誘われた。だから、さっきまで、そこの図書館を見学させてもらっていたんだ。この後は先生が監督している茶室へ伺う予定だった。それとも、この学校には楠という教師がほかにもいるのか?」
「いや、茶道部監督の楠大和 は俺だ」と即答する。「しかし朝霧さんから、そのような話は伺ってないぞ」
眉間にしわを寄せた楠先生は、あごに手をやった。
瞬のやつ、おれのことを話し忘れたなとピンと来る。
「おまえ、さては不審者だな!? 警備室に連行する!」なんて決めつけられたら、たまったものじゃない。どう弁解しようかと考えていれば図書館から笹野さんが、ひょっこりと顔を出す。
「こんにちは、楠先生」
彼女が笑顔で話しかけると先生はムッとした顔をして、横を向いた。反抗期真っただ中の学生が母親に対して、つっけんどんな態度をとるみたいだ。
なんだ? と思っていれば笹野さんが、こっちへやってくる。
「いつまでも学生気分が抜けないのね……先生なんだから敬語くらいちゃんと使いなさいって、いつも言ってるでしょ」
フンと鼻を鳴らして楠先生が腕組みをした。
「それくらい言われなくてもわかってる。つい熱くなって敬語を使うのを忘れていただけだ」
「ちょっと! 子どもじゃないんだから、そんな態度をとるんじゃないの」
ピシャリと笹野さんが楠先生のことを叱りつけた。
「桐生さんは、お客様よ。朝霧さんの同級生だから、あなたよりも年上」
「何!」
飛び出そうなくらい目を大きく見開いた先生が、こちらへ顔を向け、目を凝らしておれの顔を凝視する。
「あんた、学生じゃない……んですか!?」
とってつけたかのように敬語で話す彼に苦笑いしてしまう。
「大学なら五年前に卒業した。院へは行ってないから社会人だ」
「そう、だったんですね。申し訳ありません、大変失礼しました」
ともだちにシェアしよう!

