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第4章 新生活3
「明日の茶道部の活動に必要な和菓子をさがしているんでしょう?」
「ひとりでも大丈夫ですから、ご心配なく」
そのまま楠先生の手をどけようとしたら逆に手をつながれ、駐車場のほうへ連れて行かれる。
「先生! いくらなんでも横暴が過ぎますよ」
しかし楠先生は、おれの声など聞こえないふりをして、ズンズン歩いていく。
文化祭のときと同じだ。あのときも保健室に無理やり連れて行かれた。
おれのほうが三つも年上なのに、幼い子どものように扱われるのが癪 で我慢ならない。
「おれは、あなたよりも年上の男です。オメガの生徒のように非力な子どもではありません」
「でも、あなたは番のいなくなったオメガでしょう」
眉間にしわ寄せた先生に事実を突きつけられ、胸がきしむように痛んだ。
なんで傷に塩を塗るような真似をするのだろう、腹が立つ。腕を振りほどこうとしても楠先生の力のほうが強くて、振りほどけない。
「この町には殺人犯や強盗なんかはいません。ですがオメガにとっては物騒なところです。夜のひとり歩きはオススメできかねます。実際にオメガが暴行されたり、襲われかけたことは少なくありません。万が一、発情期を起こしたら、それこそあなたのような上級オメガは、アルファに竹やぶや草むらに連れ込まれて強引に番にされますよ」
「抑制剤や首輪だってあるし、緊急避妊薬だって持ってるから平気です」
「バカを言うな! 俺の手を退けることもできないあんたに何ができる?」
「そんなことはない」と言い切ろうとした。
頭に血が上っていたし、何よりこんな傲 岸 不 遜 で自己中心的、人の心もろくすっぽ考えないようなアルファの世話になるのは、絶対にいやだったからだ。
意地を張り、この場からなんとかして立ち去ろうとする。
突然、先生は足を止め、こちらを振り返った。
眉を寄せ、おもしろくないといわんばかりの顔をしている。
オメガであるおれの態度が気に食わないのだろうか?
北条高校のオメガの生徒たちは、アルファ至上主義のアルファやオメガを奴隷のように扱う者を目にすることが多かったからか、彼をまるでヒーローのように崇めている。
オメガの子どもたちを守る姿も、そんな考えを二十代前半で持つことも、すごい。
だが、それは、おれには必要ないものだ。
そもそも、こんな無礼千万な態度や言動ばかりする男と校外まで仲良くする義理はない。
悔しくなって睨んでいれば、先生が口を開く。
また嫌味を言われるのかと身構えた。
「もしも――もしも、あなたの身に何かあれば、あの世にいった魂の番が悲しむ。それとも、あなたの大切な人は、あなたがほかのアルファにひどいめにあわされても何も感じない人だったのか?」
思ってもいない言葉を掛けられ、おれはうろたえた。
先生は「そうなのか?」と険しい顔つきをして訊いてくる。
「違う……先輩は断じて、そんな人間じゃない」
「だったら! あなたが好きでもないアルファに襲われ、苦しむ姿を望むはずがないだろ。そんなことになったら墓の中で安かな眠りにつくことすら、できなくなる」
瞬間、「薫」とやさしい笑みを浮かべた先輩の顔がよぎる。
「桐生さんが不幸になったら、あなたを友人として心から大切に思っている朝霧さんたちは、どうなる? まだ、そんなに日は経っていなくても同じ魂の番を失った仲間として、あなたを受け入れたいと思っている鈴木さんや、おばさんだって心を痛めるはずだ。彼らは、あなたが涙を流すことを望まない。その人たちを悲しませるようなことはしないでくれ」
なぜ、今さらこんなことを話すのだろうと不可思議に思う。
文化祭では散々人を傷つけ、小バカにするような発言をした口で、おれが傷つくことがないよう不器用に気遣ってくる。
わけがわからない。まるで楠先生が、ふたりいるような錯覚を覚える。
薄茶色の目をじっと見て真意をさぐっていれば、先生が目線を横へそらした。
「桐生さんが俺のことを嫌っているのは、よくわかる」
思わずギクッとして「べつにそんなことはないですよ」と即座に取り繕った。
「嘘をつかなくていい。人から嫌われるのは慣れてるから」
どこかさびしげな顔つきで投げやりな口調で言い、皮肉な笑みを浮かべる。かと思えば、いつもの何を考えているのか、よくわからない顔つきに戻った。
「あなたに万が一のことがあれば俺が校長や館長、果ては理事長に責められるんです。だから、おとなしく俺の車に乗ってください。安心してください、あなたのように年上でツンケンした男には一切興味がありませんから。むしろ発情期を起こしたときに襲いかかってきたりしないでくださいよ」
「なっ、なんだと!?」
信じられない言葉に声を荒げれば、悪役のような悪い顔をした先生が「桐生さんなら赤子の手をひねるよりも簡単に撃退できそうです」と黒い笑みを浮かべる。
そんな態度にカチンとくる。
「ふざけるな! おれにだって選ぶ権利がある。先輩みたいに大人っぽくて包容力のある人ならいざ知らず、先生のように生意気な口をきく年下なんて、こっちから願い下げだ!」
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