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第4章 新生活6
「先生は本当に『源氏物語』がお好きなんですね」
「当然です。あの本を見て大学進学を決意したようなものです」
このままでは『源氏物語』のよさを延々と語り、現代語訳を読まない人間や生徒たちの愚痴が続くぞと話題を変える。
「先日は、かぼちゃの練りきりを準備してくださり、助かりました」
「……なんのことです」
前回、初めて部活動に参加したときは茶道部の引き継ぎや、司書の仕事を覚えるのにバタバタしていた。
そして第一印象最悪な状態で楠先生と会ったから打ち合わせも最低限の会話となり、季節の和菓子を用意するのを忘れてしまったのだ。毎回、和菓子を出すことになっていると聞いていたから、どうしよう肝を冷やしながら茶室へ向かった。
扉を開くと、すでにハロウィンにちなんだかぼちゃの練りきりが人数分あり、子どもたちがはしゃいでいる姿が目に飛び込んだ。
てっきり産休に入っている講師の方が手配してくれたのだと思っていたが――「前回のかぼちゃの練りきりは先生が用意してくださったんでしょう。違います?」
「和菓子の準備は毎回、俺の役目なので」
「先生はひどいことを言っているようで人にやさしいですよね。なのにおれは、前回、というか今もか……申し訳ありません」
青から黄色に信号が変わり、車が止まる。
「一体なんのことです?」と先生は本気で困惑した顔をする。
「ひどく冷たい態度をとってしまったことを謝っています」
「ああ、そのこと」と先生が目を細め、ため息をつく。「言ったでしょう、嫌われるのには慣れてるって」
「だとしても、おれの態度は大人としても、人としてもいいものではなかったです。それに先生のことは嫌いじゃありません。何を考えているのかわからなくて怖いんです」
「だから……取って食ったりはしませんって」
黒髪をガシガシ掻く楠先生は、おれの言っている意味がひとつも伝わっていないようだ。
言葉というのは本当に難しいものだなと思いながら「そういう意味ではありません」と彼の言葉を、きっぱり否定する。「先生が、おれのことを都会育ちで苦労知らずのボンボンだって見くびっていたり、見下しているのか、それとも人として困っている人を放っておけないのか、ただ単に笹野さんや瞬の目があるから社交辞令でこういうことをしているのか、ぜんぜん理解できません! まるで一貫性がない。矛盾ばかりです。あなたは、どういう人なんですか?」
目を見て聞けば、ぎょっとした顔をして先生が目をぱちくりさせた。
もしかして、これは、よくある「そんなこと言ったっけ?」と本人が何も覚えていないパターンか? 苛立ちを覚えたおれはシートベルトをした状態で身を乗り出し、先生の目を凝視する。
「先生、この間、文化祭で言った言葉を『忘れた』なんて言うつもりですか?」
「お、おい、桐生さん……? 何か誤解してないか?」
「誤解してるというのなら、ちゃんと説明してください。あなたは、おれの番であったアルファを侮辱し、おれを言葉の限りに罵ったんですよ!? その口の根が乾かぬうちに、先輩が安らかに眠れないとか、人を悲しませるなだなんて言うのは、おかしいです! 楠先生は気分屋なんですか、それともその場で思いついたことを適当に口にする人なんですか!?」
「ちょっ、待って――」
後ろにいた軽自動車が盛大にクラクションを鳴らしたかと思うと、おれたちの乗っている車を目にも止まらぬ速さで追い抜き、猛スピードで走っていった。
焦った表情をした先生が、慌てて車を発進させる。
「この話は後にしましょう。今は和菓子屋に行くのが先です」
「先生、言い逃れは……」
「急がないと店が閉店しますよ。俺は逃げも隠れもしません」
仕方がないなと思い、おとなしくシートに背中を預ける。
「少しスピードを上げますね」
そうして車は法定速度より少し速くなる。細い裏道を進み、先ほど見かけた軽自動車を追い越していった。
線路の近くに出て、まっすぐ進むと町中に出る。
個人店や小企業が並んだ小さな昔ながらの商店街だ。
地元の人たちが夕食どきの買い物をしたり、早めの夕飯を取り始めている姿が見えた。
シャッター街がひとつもないなんて、すごいなと思っていれば、白い小石が敷き詰められた駐車場に車が止まる。
「ここです、桐生さん。降りてください」
先生に促され、シートベルトを外し、急いで外に出る。
時代劇に出てくるような大きな蔵が見え、その隣には薄桃色と萌黄色の小ぢんまりとした建物があった。「はな屋」と書かれた木の看板が出入り口の上に掛けられている。左手には飴細工の生花が飾られ、創業百二十年と書かれた板がある。歴史のある老舗 だなと感慨深。
早歩きをする先生の後に着いていくと自動ドアが開き、来店を知らせるブザーが鳴る。
白い和紙のような壁紙が貼られた店内は奥行きがあり、さまざまな和菓子があった。目の前には店の看板商品らしきモナカの入った箱がテーブルの上に積み上げられていた。
「はーい」
どこからか女性の声がするものの姿は見えない。
「おっ、シンデレラじゃないか。おまえ、おばさんに変わって、こんなところで店番をやっていたのか?」
先生が声を弾ませ、膝を折る。
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