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第5章 はな屋とシンデレラ2
突然のマシンガントークにタジタジになってしまう。
あきれ顔をした楠先生が「おばさん、桐生さん、困ってますよ」と助け船を出してくれた。
「あら、ごめんなさいね。つい、いつものクセでー」
ぱっと手を離した彼女は頬に手をあて、右手を前後に振った。
「いえ、大丈夫です」
「後、桐生さんは学生じゃない。俺より年上だ。北条高校の図書館に正規職員で勤めているし、思い人だっている」
すると女性は複雑そうな顔をして「あら、そうなの」とシンデレラを抱き上げる。「なんだか若 菜 くんを思い出させる人ね……」
「おばさん!」
楠先生が険しい顔つきをして声を荒げる。
すると老女は、はっとしたように口元を押さえ、しまったといわん顔をうつむかせる。
怒りながら泣いている子どものような顔をした先生は、唇や握りしめた拳を小刻みに震わせている。
彼のただならぬ雰囲気に、なんだ? と困惑していると奥から「どうした?」
白い帽子に白い服を着た気難しい顔つきの老人が出てきた。
先生を見つめ、ついで俺のほうへ目線をやり、器用に片眉を上げた。
「なんでもないのよ、あなた。大和くん――楠先生と新しく茶道部の顧問になった桐生さんよ。ご挨拶にいらしてくれたの」
「そうか」と一言口にすると老人は頭を下げた。「はな屋の和菓子職人をやっている上 田 銀 次 と言います。こちらは店主をしている妻の――」
「春 代 です」
「夫婦でやっている和菓子屋です。どうぞよろしくお願いいたします」
銀次さんが頭を下げたので、慌てておれもお辞儀をする。その後、頭を上げ、首を横にやる。
先生は、さっきの空気を震わせるようなピリピリとした空気をまとっていたのが嘘みたいな様子だ。まるで散歩を楽しんでいる犬のように軽やかな足取りで、店内の和菓子を選んでいく。熱心な目つきで和菓子を吟味しながら商品かご代わりの竹ざるの中へ次々と入れていった。
どら焼きにモナカ、季節の練りきりに団子、羊 羹 に信玄餅、饅 頭 に、いちご大福と豆大福。
あっという間に、ざるは山盛り一杯になった。
見ているこちらが胸焼けをしそうな量で思わず口元に手をやる。本当に甘いものに目がないんだなと驚きあきれてしまう。
「楠先生はね、ほんっとーに子どもの頃から、お菓子が大好きな子で、うちのお菓子もそれこそ保育園のときからよく食べてたのよ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだ。子どもの頃から、あの量を食べているが筋肉質な体型で太ったことは一度もないし、虫歯もゼロだから周りの大人も何も言わない。まあ、菓子の作り手としてはありがたいことだが、ああやって大量に食べていると病気にかからないか心配になっちまうな」
「……心中お察しします」
朗らかな笑みを浮かべている春代さんと、その隣で眉をひそめながら腕組みをしている銀次さんの言葉に相 槌 を打った。
あの量を子どもの頃から食べて太らない状態でいて、虫歯にかかったこともない人間がいるのだな、とウキウキしている先生の姿を眺める。
「おばさん、お会計、お願いします」
「はいはい、今行きますよー」
彼女の腕の中にいたシンデレラが一声鳴く。スライムのような動きで春代さんの腕の中から抜け出すと、そのまま奥へと行ってしまった。
春代さんはレジのところへ行き、楠先生がかごに入れたお菓子の金額を打ち始める。
「桐生さん」
いかめしい顔をした銀次さんに声を掛けられる。アポイントなしで来たことを怒っているのかと思い、おれは頭を軽く下げた。
「あ、すみません。突然連絡もなく来てしまって」
「いえ、その件はいつものことなので気にしていません」
「いつも、ですか?」
やはり先生は人の都合も考えない無礼人なのかと口元をひくつかせていれば、銀次さんがおれの心を見透かしたように「親しき仲にも礼儀ありという言葉もありますが、大和くんと、うちは昔から顔なじみでして、私たちにとっては孫と変わらない存在です。ですから、『いつでも遊びにおいで』と言ってあるんで連絡もなしに来るのは、いつものことなんですよ」
「なるほど、そうだったんですね」
そういえば春代さんも「保育園の頃から……」と言っていたのを思い出す。
もしかしたら先生のご家族が、ここの従業員でもやっていて古くから交流があったのかもしれないと憶測を立てながら、銀次を話に耳を傾けた。
「人のことをとやかく言える立場ではありませんが、あの子はよく人から誤解をされ、衝突することが多いです。ですが――」
「桐生さん、お待たせしてすみませんでした!」
声を弾ませ、茶色い大きな紙袋を手にした楠先生が満足げな顔をして、やってくる。
なぜだろう、背中の後ろに黒い尻尾が生え、メトロノームみたいに左右に動いている幻が見えた。
「先生、仕事帰りにお菓子を買うのが目的だったんでしょう」
目を細めて見上げれば「い、いや……それは……その、」と目を泳がせ、あからさまに、しどろもどろな態度をとった。「そんなわけありません。違います」と言い切らないのかと心の中でツッコミを入れる。
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