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第5章 はな屋とシンデレラ3

「ちっ、違う! 俺は食い意地が張ってるわけじゃないし、和菓子が主目的で来たわけじゃない!」 「ええっ……それは本当ですか?」  疑いの眼差しで彼の目をじっと見る。  先生は口をへの字にし、眉を八の字にして目線をそらした。  楠先生は思っていることが顔に出やすい人だ。  だとしても俺だって超能力者ではないから彼の考えていることを十中八九、理解できるわけじゃない。  今のまずいことをしたという顔も、嘘をついたのがバレてしくじったと思っているのか、それとも()()人から誤解されて困ったという顔なのか、その両方があてはまるのか判別でき兼ねる。  肩の力を抜き、ため息をつく。 「そろそろ帰りましょうか」 「っ!? 桐生さん……」  先生は紙袋の持ち手を握りしめた。どこか傷ついたような顔をして、うつむく姿は、まるでしっぽが垂れて落ち込んでいる犬のようだ。  この場には春代さんや銀次さんだっているのに、なぜそのような態度をとるのだか……。まるで、おれがいじめているような構図で、罪悪感が募り、良心がとがめる。 「怒っていませんよ。ですから、そんなふうにあからさまに、しょんぼりしないでください」  無言のまま、先生は顔をそろそろと上げた。  仕事先やアルバイト先で年下の人間と話すこともあったけど、あくまで仕事をする上での最低限の会話だ。学校に通っていときだって積極的に人と話すことはなかったし、高校や大学の茶道部でも一線を引かれたり、遠巻きにされていた。  弟の時雨といえば、おれよりもずっとしっかり者で、几帳面な性格をしているし、いつだって冷静沈着な男だから、どちらが兄かわからなくなることがあるくらいだ。  先生のような年下の男と出会ったのは初めてだから、どんなふうに接するのがいいのか、よくわからない。  ただ、この人は――瞬や笹野さんのように思ったことを臆さず言葉にして人と接するタイプでもなければ、鈴木さんや志乃さん、はな屋のご夫妻のように普通に人と接するタイプでもないことは明白だ。  一見すれば父のように気難しいタイプで表面上は花音ちゃんのように無邪気な子ども。  だけど、おれの勘違いでなければ、この人もおれや先輩のように心の奥で生きづらさを感じながら人と接することを不安に思ったり、理解されないことに傷つき、怯えているのだ……。 「なんとなくですが、あなたが『言葉足らずだ』とか『誤解されやすい』と人から言われる意味が少しずつ、わかってきたような気がします。後、おれはあなたがどういう人かをちゃんと知りたいのであって、同じ空気を吸いたくない、顔も見たくないと思うほどに嫌っているわけではありません。そこのところ、誤解しないでくださいよ!?」 「は、はい!」  その場でビシッと姿勢を正した楠先生は、おっかなびっくりした様子で返事をした。  おれは先生の横に移動し、何が怒ったのだろうと、ぽかんとしている上田ご夫妻に会釈する。 「それでは、また何か会った際に、こちらへ伺わさせていただきます。本日は、ありがとうございました」 「――ええ、いつでもいらして。桐生さんも、大和くんのようにお菓子を買いに来たり、シンデレラに会いに来てくださいね。こちらこそ今日はありがとうございました」  まなじりにシワを寄せた春代さんが、春に咲くたんぽぽのような笑みを浮かべ、銀次さんも無言ながら口角を上げている。  ご夫妻が笑顔でいることに、ほっとしながら挨拶をする。 「はい、恐縮です。それでは失礼いたします。先生、駐車場へ行きましょう」 「……わかりました」  また、いつものように能面のような顔に戻った先生とともに外へ出る。  先生に車の鍵を開けてもらい、助手席に座った。  何はともあれ当初の目的は達成され、茶道部の顧問をやる際に関わる和菓子屋の人たちと顔合わせもできたのだから、よしとすべきだろうと思っていれば車のエンジンがかかる。 「それでは、先生、お言葉に甘えさせていただきますね。瞬の家は、もちろんわかりますよね?」 「はい、何度か朝霧さんご一家の家で、お世話になりましたから」  お互いにシートベルトをつけ、顔を見ながら会話する。  楠先生は、何かを考える様子でおれの顔を凝視していた。 「それじゃあ、あいつの家の近くまでお願いします。歩けばすぐのところに住んでいるので」 「了解しました」  そうして車を発車させ、道路を走らせる。  ピアノの音楽のボリュームを下げ、おれは文化祭のときに言われた言葉を思い出しながら彼に話しかけた。 「先生、なぜ文化祭では、あんなことを言ったんです? あなたと交流のある瞬や笹野さんが困っているから、おれを焚きつけて、北条高校へ来るよう根回しをしたんですか? それとも、あれがあなたの本心ですか?」

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