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第9章 雪あかりに照らされた道1

 五時にセットしておいた目覚ましで目を覚ます。身じたくを整え、アイボリーカラーのエプロンをつけ、キッチンに立った。  鮭の切り身を焼いてネギ入りの玉子焼きを作る。昨日の残りの白和えを出し、豚汁を温めた。ご飯をよそって食卓につき、朝食をとる。  食後のお茶、先に先輩の仏壇に供えて線香をあげる。目を閉じ、手を合わせた。目を開け、写真の中の先輩に微笑みかける。 「先輩、あなたがいないのはさびしいけど、おれもようやくあなたの死を少しずつ受け入れられる状態になってきているから、安心してくれ。無理をしたり、悲嘆に暮れてばかりいたら、あなたに心配を掛けて安らかな眠りを妨げてしまうと教えてくれた人がいるんだ。栃木の生活にはまだ慣れないけど、仕事はやりがいがあるし、瞬もいる。職場の人たちとも、うまくやっていけてるよ。……今日も見守っていてくれ」  お茶で一服した後は、チャコールグレーのコートにワインレドのマフラーを準備して、タイマーをセットする。市の図書館で借りてきた本を読みながら心を落ち着かせる。  ピピピと小さくアラーム音が鳴るのを合図に本を閉じた。  椅子の背もたれにかけてあったコートを羽織り、マフラーを首にしてカバンを手にして家を出る。  まだ七時半になる前だが、まじめな先生のことだから、おそらく来ているはずだ。もし来ていなくても本でも読みながら待っていればいい。そう思って昨日と同じ場所へ足を進める。  予感的中。予想通り、先生の白い乗用車があった。  寒くなり、薄手のコートも必要になってくる時期で車の中で待っていてもいいのに、彼は外に出ていた。車のドアにもれかかり、細い湯気の立つ紙コップを手にして、飲み物を飲んでいる。 「先生、おはようございます」 「……おはようございます」と彼は目をしばたたかせた。「まだ十五分も前なのに、ずいぶん早いんですね」 「いえ、むしろ遅いくらいで申し訳ありませんでした」  謝れば先生が不思議な顔をする。 「学校図書館の司書は学生が校舎にいられる九時から十八時までの勤務体系です。ですが教師の方々や食堂・購買の方の朝は早いでしょう? 北条高校の先生方は八時十五分には出勤だと聞きました」 「その通りです。でも桐生さんを拾っていけるよう時間には余裕を持っています」 「ありがとうございます。でも運動部の監督や顧問を担当されている方、クラス担任・副担任をやっている先生方の朝は、もっと早いですよね。先生は茶道部の監督で受け持っているクラスはありませんが、新米OBだと鈴木さんから聞きました。いつもなら、お世話になった先生方の手助けになるよう電話番をしたり、国語担当の先生方の授業のお手伝いをされていると伺いましたよ」 「朝霧さんに聞いたんですか?」  顔を横に振り、「いいえ」と答えた。「図書館へ来る先生方や生徒たちから聞きました」  先生に車へ乗るよう、促され、助手席のドアを開ける。中は暖房がきいていて温かくなっていた。 「……すごいですね」 「とんでもないです。前職がデパート勤務ですし、単発の職業も接客業だったことも少しは活きているのかなと思います。でも一番は、楠先生のことをよく思っている人が多いというところです。それは普段から先生がただ、お給料をもらうことだけを目的としているのではなく純粋に生徒や、ほかの先生方のことを考えて動いているからでしょう?」  笑みを浮かべて話しかけると、先生もかすかだが口元に笑みを浮かべた。  車が発進する。 「そうだといいんですけど」と、はにかむ姿が微笑ましい。  こちらに来た最初の頃は挨拶するのさえ、いやで堪らなかったし、顔を見るだけで頭に血が上ってしょうがなかった。このまま先生と一年やっていけなくて仕事をやめることになるんじゃないかと頭を悩ませていたけど、彼のことを少し知れた今は違う。  千葉にいる時雨のような弟ができたり、学校の後輩を持てたかのような気持ちだ。 「じゃなきゃ、あなたのことをよく言って頼りにしている人たちがいる説明がつきません。後、次回からは、先生の時間に合わせてくださいね。学校の先生がお忙しいという話は東京で単発のアルバイトをしていたときも、よく聞きました。無理しておれに合わせて、お仕事に支障をきたしたら大変です」 「ですが俺に合わせたら桐生さん、もっと早起きしなきゃいけませんよ。校内で始業時間まで待つことになるし」  ちらとこちらを見ながら先生は申し訳なさそうな顔をして、いつもつり上がっている眉を八の字に下げた。  おお、こんな顔もするのかと思わずビックリしてしまう。  ひそかに彼のファンである女子生徒たちやが見たら、すぐさま目をハートにして、母性本能をくすぐられそうだな。 「大丈夫ですよ。早朝バイトも多かったので四時前に起きるのも得意です。先生を見習って朝の書架整理や清掃もやろうと思っています。もちろん館長や笹野さんにちゃんとお話しします。時間外業務が駄目と言われたら事務所で読書でもするつもりです」 「……いいんですか?」 「はい。後、茶室の整理整頓や清掃も先生だけにお任せするんじゃなく、今後は、おれにもやらせていただけないでしょうか?」

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