41 / 102
第9章 雪あかりに照らされた道3
先生が残業のない日は送り迎えをしてもらい、茶道についてや和菓子、書籍、古典の話をするようになった。
ちなみにその後、初任給をもらったおれは、朝霧一家に世話になったお礼として茶と茶菓子を振る舞ったのだ(祖父母の家によく遊びに行く花音ちゃんは、濃茶を飲んでいるからか抹茶を「おいしい」と言ってくれた)。
瞬や志乃さんには、いろんな意味で世話になったから少しずつ恩返しができたらいいと思う。
十二月に入ると三年生が茶室を訪れるのも、まばらになった。一月の大学入学共通テストに向けて勉強に勤しんでいる。
楠先生も受験生に過去問のアドバイスをしたり、相談に乗ったりしていて忙しない。おまけに二学期の期末考査があるから国語のほかの先生の補佐もある。
LIMEで「送迎できそうもありません」「茶道部のほうに顔を出すのが難しいです」のメッセージが来て、話す時間がめっきり減ってしまった。
図書館も図書館で受験生が押しかけ、閉館ギリギリまで勉強していることが多くなった。過去問のコピーをお願いされたり、試験対策用の問題集の予約が多くなっている。中でも古文と歴史の漫画本は予約で一杯になっていたし、いつも棚にない状態だった。私立の文系を受ける子たちだけでなく、国立を受ける子たちが大まかな流れを頭に入れるのに利用している。理系の子も「先生がオススメしていたから」と息抜きで読んでいるようだ。
師走というだけあって、あっという間に年末になった。
冬休みになり、受験生が学校で平日だけでなく土日もやってくるようになった。
「はい、確かに返却確認できました」
「ありがとうございました」と女子生徒が会釈をして出入り口のほうに向かっていく。
書き込みがないかを再度確認し、鉛筆で数式や落書きの書かれているページに消しゴムをかける。
「また問題集に書き込みですか」と鈴木さんが小声で話しかけきた。
おれも声をひそめて、受付に並んでいる彼に話す。
「はい、うっすら書いてあるから、なんとかごまかせるもののほかの生徒からの苦情も入っているので心苦しいです」
「答えが載ってると集中できなかったり、問題を解けたのかどうかわからないですし。落書きも記憶力の定着に効くという話ですが、図書館の物品ですからね」
「もちろん気持ちは理解できるのですが、やはりそれならコピーをとって書いてもらいたいところです」
返却画面に出た予約テロップをもとに次に借りる生徒へ予約本が返ってきた旨を伝えるメールを出し、予約の棚へ本を移す。
山のように返却されたほかの問題集にも書き込みがないか確認し、予約の確認をする。
英語の長文読解の過去問集の中から四つ折りにされている白い紙が出てきた。なんだろうと思って開けてみれば、生徒が英語で書いたラブレターらしきものが出てくる。文章の一部は線が何重にも引かれ、読めなくなっていたから下書きか、書き損じだろう。
シュレッダーに掛ける書類のほうへ移し、ため息をついた。
「最近は楠先生の送り迎えでなくバスで通勤されているんですね」と突然、話を振られた。
「ええ、先生も受験シーズンでお忙しそうなので。もちろん、おれも車を買う代金を貯めていますよ。来年度には購入して乗れるようにするつもりです」
「桐生さん、車、運転できるんですか? ペーパードライバーなんじゃ……」
その言葉にギクッとする。
自動車の運転は大の苦手で、大学時代に教習所に通っていたときは教官に怒られてばかりいた。卒業検定のときも、なんとかギリギリ期間内で合格にしてもらったという感じである。
「中古車で練習しているうちに、もとの感覚を取り戻せるはずです」と答えれば、鈴木さんが顔を歪ませた。
「車は必須ですが無理はしないほうがいいですよ。楠先生っていう恋 人 がいるんですし」
「……恋人?」
思わぬ発言に頭をひねっていれば、「えっ!? 違うんですか?」
額に汗をにじませた彼が大きく口をあんぐり開いた。
「おれと先生は恋人じゃありません。その……友だちのように仲よくさせてもらってはいますが」
鈴木さんがひとりで勘違いをしたのか、はたまた笹野さんがおれと先生の仲が良好になったのを話していたら尾ひれがついたのだろうかと考える。
「職員室や、ここでも噂になっているんでしょうか?」
「少し、そういう話は出ていますね。といっても先生も番や恋人、結婚相手がいてもおかしくない年齢ですし、まじめで正義感の強い人だとわかっているので問題視はされていません。桐生さんも仕事を熱心にされて子どもたちとも親しいです」と曖昧な笑みを浮かべながら彼が図書館の公式ホームページのニュースを更新する。「噂の発端は女子生徒たちですよ」
なんで生徒、それも女子の間でと戸惑いを覚えながら貸出カードの日付を手書きで変更しながら耳をすます。
「桐生さんと先生が話しているときに顔が近いとか、先生が文化祭のときにあなたを保健室へ連れ込んだのを見たという子たちがいて、恋バナをするみたいに盛り上がっているんですよ。おふたりとも顔立ちが整っていますし、アルファとオメガでありながら独り身の状態です。何より、あの楠先生が、出会って間もないあなたを特別に扱っているので……」
ともだちにシェアしよう!

