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第9章 雪あかりに照らされた道12

 先輩を五年も忘れられずにいて、家族に心配を掛けた。新しいアルファと番になることを勧められ、お膳立てをしてもらっても「おれには先輩しかいない」と断った。  それが、このざまだ。  一体いつからだろう? なんで先生のことを好きになってしまったんだ……。  出会って間もない相手に恋してる。  だったら、あの五年間はなんだった? どうして家族の期待に応えられなかったんだと己の不甲斐なさを責める。  先輩のことをまだ愛しているのに、目の前にいる楠先生が気になってしょうがない。  昼間は彼に負担を掛けるべきじゃないと思っていた。それが今は正反対だ。勝手に噂をしたい連中には言わせておけばいいという気持ちになっている。 「あなたと出会っていなければ、おれは今でも先輩が望まない、彼が一番悲しむことをし続けていた。そうして東京のマンションで彼のことを思いながら最後には泣き暮らしていたはずだ。若菜さんと状況は違えど自らの手で生きることをやめてしまったと思う。そんな状況を変えられたのは、先生の言葉があったからです」 「あれは、あなたを思って言ったんじゃない。俺のために言ったんだ」  素直で正直な人だ。  嘘でも「あなたのために言った」なんて言わない。彼のいいところであり、悪いところであるところでもある。 「桐生さんを思う気持ちは()(じん)もない」と宣言されたも同然で、胸が痛くないと言えば嘘になる。  それでもそばにいたい。力になりたいという思いが勝る。 「たとえ、そうだとしても、おれには意味のあるものでした。おれは先生とこれからも一緒に茶道をやったり、こうやってお話をできる関係でいたいです。先生は、どうですか?」 「おれは……人と距離を置くべき人間なんです。父が周りのことを考えずにアルファとして傍若無人に振る舞っていたのを止められず、母の言うこともろくに信じなかった。そのせいで、ひとりの人間の人生を狂わせ、死に追いやった、ろくでなしです」 「先生は過去の過ちを悔いています。若菜さんができなかったことや、子どものときの過ちを、ほかの子どもにさせないため教師の道を選んだのではないかと推察します。間違っていますか?」  言葉を否定せず、目を伏せた。それが答えだった。 「おれと若菜さんの件も関係ありません。だって、あなたの思い人に会ったことも、話したこともないからです。今のあなたがどうしたいか、どうやっていきたいか、本当の気持ちを聞かせてください」  すると先生は眉を八の字にして、うなだれた。 「もう、わからない。なんで、あなたにこんな話をしたのか、自分で自分が理解できないんだ。『桐生さんと若菜さんは違う』と要点だけを話せば済んだ。なのに、こうやっておれは、意味のない昔話を一方的に話してる。頭も、心もグチャグチャだ……」 「おれには先生の過去を変えることはできません。悲しみを取り除き、若菜さんをこの場によみがえらせる魔法使いじゃないからです。でも、もし若菜さんのことを思って苦しくなったときは、話を聞きます。笹野さんや瞬、ほかの人に言いづらくて、どうしようもなくなったとき、おれを思い出してください。魂の番であるアルファを――愛する人を不本意な形で失った胸の傷は――痛いほどわかりますから」  この恋は絶対に実らない。  今の状態を父が知ったら「限りある時間を無駄に過ごすなんて、どこまで愚鈍なんだ!」と雷を落としてきそうだ。  だからといって愛する人を自分のせいで亡くしたと思い込み、いまだに心から血を流している先生を見過ごせるわけがない。  彼の傷を少しでも癒やしたい。悲しい気持ちを和らげて思いつめることがないようにできたら、それで充分なのだから。

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