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第11章 生き物2
レッサーパンダや犬と猫は屋内で展示されていて外で生活する動物よりも快適そうだ。
朝ごはんとお汁粉を食べた花音ちゃんも二時近くになるとお腹を鳴らし、芝生広場で昼食をとることになった。
「いただきまーす!」
お重の中には彩り鮮やかな料理が入っていた。
お赤飯のおにぎりを手にした花音ちゃんが、かぶりつく。よく噛んで飲み込んでから紙皿に載っている紅白なますや鮭の幽 庵 焼きをおいしそうに頬張る。
おれは紫色のゆかりのおにぎりに、かまぼこ、煮物をいただく。
甘党の楠先生は、さつまいものおにぎりや伊達巻、黒豆、栗きんとんから食べ始めた。
「ママの料理、おいしいな」
「世界で一番大好き! でも薫ちゃんの作ってくれたお汁粉も、おいしかったし、抹茶もほろ苦くて好きだよ」
「ありがとう。お洋服を汚さないように気をつけてな。あったかいほうじ茶も飲んで、身体が冷えないようにするんだぞ」
黙々と食べる先生にも紙コップに入れたお茶を渡す。
「どうぞ、先生」
「どうも」と軽く礼を述べた彼は、薄茶色の液体を、じっと目を凝らして見ていた。
「抹茶じゃないんですね」
「はい、抹茶や緑茶は身体を冷やす作用があるので、身体を温めてくれるほうじ茶にしました。それに抹茶だとお茶の香りや味が前面に来てしまいます。サッパリしているほうじ茶のほうが志乃さんの作ってくれたお料理の味や香りを楽しめますから」
「桐生さんは茶道だけでなく、お茶にも詳しいんですか?」
「おれでなく先輩のほうが、そういうのが好きだったんですよ。コーヒーや紅茶、ハーブティーなんかもよく知っていて、いろいろ教わりました」
「……へえ、そうだったんですね」
感情の読み取れない顔つきをして先生は、それきり黙々と無言で食事をしていた。
「薫ちゃんの恋人さんって、仏壇に飾ってある写真の人なんでしょ? 花音が生まれる前に遠くへ行っちゃった人」
「そうだよ」
「あの人、なんだか少し、おじちゃんに似てるよね。目つきとか髪型とか、笑った感じ」
心臓が大きな音を立て、真冬だというのに全身が、かあっと熱くなる。手や足にじっとり汗をかきながら、おれは顔をうつむかせた。
「ねえ、おじちゃん。あのお兄さんと遠い親戚ってことはない?」
楠先生は、なんて言うのだろうと異常なくらい気になり、目の前がくらくらする。
「さあな」と彼は一言口にして、お茶をすすった。
「そっけない答え! ねえねえ、おじちゃんの親戚は、どうなの? 何か知ってそうな人はいない!?」
鼻息を荒くして花音ちゃんが尋ねるものの先生は無反応だ。
そろそろと顔を上げる。
不機嫌そうな様子の彼は白い紙コップを手にして、そちらを凝視しながら、唇を開いた。
「親戚づきあいはない。おばさん以外、会ったこともないからな」
「ええっ……なんだか、つまんないわね」
ぶうたくれた花音ちゃんが煮物に入っている花形のにんじんを口へ運んだ。コリコリしたレンコンを食べていた彼女は、芝生でキャッチボールをしている少年と父親、それを見守る母親と幼い妹をじーっと眺めてから、おれと先生を交互に見た。
「どうしたんだ?」
「ねえ、薫ちゃん。薫ちゃんは、オメガなのよね」
「ん? そうだぞ」
「アルファやベータの男の人は逆立ちしても赤ちゃんを生めないのよね。で、オメガやベータの女の人は赤ちゃんを授かる。アルファの女の人は赤ちゃんを授かりにくくて、オメガの男の人は赤ちゃんを生めるんでしょう。どうして薫ちゃんは男の人なのに赤ちゃんが生めるの?」
お茶を口に含んでいた先生が激しく、むせる。気管に水分が入ってしまったのか顔を赤く染め、目を白黒させながら苦しそうに嘔 吐 いている。
「先生! 大丈夫ですか!?」
「だ……だいじょ……」
「大丈夫」と言いたいのだろうが言えてない。
彼の背中をさすっていると花音ちゃんが「やれやれ、おじちゃんったら駄目ねえ」と首を横に振る。「それに赤ちゃんはコウノトリさんが運んできたり、キャベツ畑でできるはずなのに、お母さんのおまたの間から出てくるんでしょう。なんだかおかしくない? オメガの男の人だって童話の狼さんみたいにお腹をちょん切ったら赤ちゃんが出てくるって聞くし。ねえ、なんで?」
「い、いや、花音ちゃん。それはな、」
「それにさっき、ワンちゃんがマウントを取っていたけど、あんなポーズをしている猫さんたちやハムスター、うさちゃんを幼稚園で見たよ。薫ちゃん、どうして?」
純粋な目をして見上げてくる少女になんと説明したらいいのか、わからない。
困り果て先生に目線をやる。
荒い呼吸を整えた先生がメガネのブリッジを押えた。
「花音、それは……小学校でいずれ教わる。早く知りたいのなら……植物図鑑を見て、今年の夏は朝顔やひまわりの花を観察しろ。なんで花が散って……種ができるのかをな」
「何それ?」と花音ちゃんが梅干しでも食べたような表情をする。
「雄しべと雌しべを調べれば、わかる。ドクダミやスミレ、たんぽぽじゃ意味がないからな。後はパパとママに聞け」
「ふーん、わかった」
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