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第12章 願い3
「先生、腹ごなしもかねて、お参りしませんか?」
もう少しだけ、彼のそばにいたいという欲望を、神聖な神をまつる場所で果たそうというのはバチあたりな行為だろうか?
「遅いですし、もう帰りましょうよ。俺も運転を疲れましたから」と断られてもしょうがない、駄目もとで提案した。
それなのに「いいですね、行きましょうか」と、快活な笑みを浮かべ、ふたつ返事をしてくれたのだ。
彼のやさしさに胸が高鳴る。
今日一日彼と出かけられたのだから、この後どんな罰が下っても構わないと思ってしまう。
大晦日や元旦に比べたら人は少ないものの大人も子どもも集まって、巫女さんが真冬の夜空の下で舞う神楽と和楽器の演奏に見入ったり、おみくじを引いて一喜一憂したり、初詣をしていた。
彼と列に並び、前へ進んだ。
「先生、今日は本当にありがとうございました」
「なんですか、突然」
「いえ、こうやって人と出かけるのも、ずいぶんなかったことなので楽しかったなと思って、お礼を言ったんです。すごく月並みな言葉になってしまいますが楽しかったです」
すると楠先生は正面を向いて小声で、つぶやいた。
「……教師は年々やるべき仕事が増えてきています」
「子どもの数は減っていく一方なのに大変ですよね」
「ですから毎回はできません。でも、ときたまなら、出かけられます。お食事も学校の食堂でお昼を食べたり、今夜みたいに出かけられます」
ぽかんと口を開けていたら、「どうしました?」と訊かれてしまった。
「いいんですか? 今日みたいに出かけたり、一緒にお食事をとっても……」
「もちろんですよ。その……桐生さんに、ご迷惑が掛かるのではないかと思い、誘うのを控えていたので。あなたがいやでなければ」
「いやじゃありません! これからは、こうやって出かけたりしましょう」
力説している自分に気づき、「すみません」と声のボリュームを下げる。
「よかったです。どうやって切り出したらいいかわからなかったんですけど、言ってみるものですね」
鼻の頭や頬を赤らめ、笑みを浮かべる彼に笑い返す。参拝する順番が来て本殿に入り、御神体に会釈し、財布の中の小銭を賽銭箱へ入れ、鐘を鳴らす。二礼二拍手をしてから手を合わせる。
先輩が亡くなった後も新しい出会いや、ご縁をくださったことのお礼を心の中で述べ、魂の番であるアルファではない、べつの人を好きになってしまったことを詫びた。そして――これ以上は何も望まないから楠先生のそばにいさせてくださいと願ったのだ。
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