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第13章 恋の媚薬1

 二日後の夜、温泉に入った以外の理由で異様なくらい肌ツヤがよくなっている瞬と志乃さんが帰ってきた。土産に温泉まんじゅうと地酒、群馬特産品の焼きまんじゅうや手作りこんにゃくなどをもらった。紙袋に入っている土産をもらい、扉を閉めようとしたら勝手に家に上がってきて、群馬の自然や温泉がどれほどよかったかを自慢し、昼間は志乃さんと楽しくデートをし、夜もイチャイチャできたとノロケ話を始めたのだ。  これは話が長くなるなと思いながら、昨夜の残り物であるふろふき大根を出し、もらったこんにゃくで味噌田楽を作る。ついでに兄さんたちからもらった缶詰からカニ缶を出し、きゅうりとカニのマヨネーズ和えを出して日本酒をグラスに注ぐ。 「いやー、ふたりで同棲していたときや新婚時代の気分になれたよ。ありがとな、薫。LIMEでも動物園に行って喜んでいる、花音の姿が見れた。神奈川のいとこと遊んだのも楽しかったみたいだが、『薫ちゃんと大和おじちゃんと一緒にたっくさん動物を見たよ。お馬さんに乗ったり、猫ちゃんやワンちゃんにも触れた』ってオレと志乃に、うれしそうに話してたぜ」 「それなら、よかった。といっても、おれが花音ちゃんを見たのは最初の一日目だがな」  グラスを顔に寄せると米のいいにおいがする。口をつければ、塩辛い食べ物と相性がいい、ほんのりとした甘みが口の中へ広がった。 「先生がいてくれて、よかったよ。動物園に行くのを提案してくれたのも彼なんだ」  コリコリとした食感の味噌田楽を()(しゃく)しながら、先生と一緒に過ごした日のことを思い出す。 「なあ、薫」 「なんだ?」 「オレはおまえの友だちだ。もしも困ったことや悩みごとがあったら、いつでも訊くからな」 「突然、どうした?」  目線を手元のグラスから上げ、瞬の顔をじっと見つめる。頬杖をついて彼はグラスに入っている水によく似た液体へと目線をやっていた。 「なんでもない。疲れていて今夜は酔いが回りやすいのかもしれない」  変なことを言う彼の皿に酒のつまみを盛ってやり、食べるよう勧める。 「先に酒ばかり飲むからだ。つまみもちゃんと取れ。後、家に帰ったら、しじみの味噌汁でも飲んでおけよ」 「ああ、そうだな」  そうして酒をたしなんだ彼を見送り、軽い夕食をとって眠りについた。  三学期が始まってからは約束通り、先生と一緒に昼食をとったり、夕飯を食べに出かけることが増えた。  といっても受験生は大学入試で忙しいし、一、二年生も一年のまとめとなる二月の期末考査で進級・留年が決まってしまうので、子どもたちが駆け込み寺のごとく職員室にいる先生方のところへ向かっていった。  通常授業だけでなく、生徒に放課後まで勉強を教えたり、短期間での期末考査の作成や高校入試の問題の準備もしなくてはいけないので大忙しだ。  図書館も家では勉強に集中できない受験生がやってきて連日満席状態。問題集の予約は、ひっきりなしだ。  高校入試はの日には司書であるおれたちや事務である瞬たちも駆り出されることになった。駐車場への車の誘導や受験しに来る中学生の道案内、当日に発情期を起こしてしまったオメガの受験生の保護などを行うことになったのだ。  一月の最後の週の土曜に最初の推薦入試があり、大勢の子どもたちが学校へやってきた。二月の初旬も土日には一般入試が行われた。  そうしてドタバタしていたら二月の中旬になっていた。  図書館職員全員が集まって午前中にオンライン研修、午後は館内整理で本棚の掃除と本をもとの位置へ戻す作業を終えた。  みんな帰り支度を始め、ロッカーが隣同士の鈴木さんに声を掛けられる。 「桐生さん、桐生さん、聞いてください。三月に彼と旅行へ行くことになりました」  初々しい恋愛をしていた彼も遂にお泊りデートかと感慨深い気持ちになる。 「よかったですね、鈴木さん! ちなみに婚約者の方とは、どこへ行くんですか?」 「新潟です。せっかくなら海を見に行って、自然や博物館なんかを楽しんで、おいしいものをたくさん食べようって話になったんですよ」 「いいですね。ふたりでたくさんいい思い出を作ってきてください」 「あざっす」  先輩とは、あまり遠出することがなかったので、少し羨ましい気持ちになる。なんにせよ鈴木さんと婚約者の方が、さらに親密になってほしい。春には番になって、彼が幸せそうにしている姿を見られるよう願いながら、ロッカーを閉める。  ほかの方は、もう出ていってしまい、残っているのは鍵当番の笹野さんとおれたちだけだった。 「ふたりとも遅いわよ。待ちくたびれちゃったじゃない!」 「すんません」 「遅れて申し訳ないです」  鈴木さんと一緒に謝っていれば「素直でよろしい」と笹野さんが笑みを浮かべる。「はい、これ。鈴木さんと桐生さんのぶんね」  飴玉を三つ手渡されたのかと思ったが、よくよく見れば、チョコレートの入った小さな包みだ。  女性陣は、よくお菓子を持って来て配っているし、館長も出張のついでにお土産を買ってきてくれて、みんなで持ち帰ったりする。  いつもなら朝配ったり、休憩室のお菓子を入れるかごの中に入れてあるか、お菓子の箱が置かれている。

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