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第13章 恋の媚薬3

「どれがいいだろう……」  先生は大の甘党だからビターチョコやブラックチョコよりも甘いチョコのほうが好きだろう。量もそれなりにあって食べごたえのあるものが喜ぶかもしれない。包装はピンクや水色のパステルカラーよりもシックなものにして、値段も高すぎないほうが気軽に食べられるはずだろう。  友チョコにオススメ! の手作りPOPの棚には生チョコのボックスが置かれていた。黒い箱に金色のリボンが結ばれている。売れ行きがいいのか残り三つしか残っていない。  仕事帰りのOLらしき二十代前半の女性ふたり組が箱を手に取った。 「あったよ! これ、マジでおいしいよね」「だね。今年も買おっか」とレジへ直行した。  ほかに気になる商品もあるが、やはりリピーター顧客の声は信憑性が高い。残りひとつになった箱を手に取り、会計に向かう。  紙袋に入れてもらったチョコレートを手に、帰りのバスへ飛び乗った。後部座席で揺られながら、袋の中身がパッと魔法みたいに消えてしまうわけでもないのに、何度も手元にあるかを確認してしまう。  家へ帰って夕飯や風呂を済ませ、後は寝るだけ。  だが無性にソワソワする。寒いわけでも、具合が悪いわけでもないのに寝つけない。何度も寝返りを打っては起き上がり、暖房で溶けてしまわないよう、冷蔵庫に入れたチョコを見に行っては寝室へ戻る行為を繰り返す。  明日は先生が送迎してくれると連絡があった。それだけで心臓が高鳴り、緊張してしまう。  運動会や遠足が楽しみで寝られない子どもみたいだ。  十時に布団へ入ったのに、気づけば十二時前になっている。 「最近は男同士でもチョコを贈り合う。変なことじゃない。お世話になっているお礼だ。ハート型や愛の言葉が書かれたものを渡すわけでも、ましてやバラの花束を贈るわけじゃないんだから大丈夫。先生なら絶対に喜んでくれる。早く寝よう」  無理やり布団を頭にかぶり、目を閉じる。  結局、遅くに寝たから寝坊してしまった。昼用の弁当を作る時間を取れず、朝ごはんもご飯に味噌汁を掛けた猫まんまを掻き込むだけ。 「……おはようございます」  先生は今朝もキャラメルマキアートのカップを片手に車の外で待っていた。 「おはようございます。なんだか、お疲れ様子ですね」 「ちょっと、いろいろありまして」  助手席に座り、チョコレートの紙袋が入ったカバンを膝の上へ乗せる。  車が発進する。 「何か悩みごとですか?」 「先生……」 「桐生さんには若菜さんの話を聞いてもらっています。教師として相談したり、授業の準備を手伝ってもらっています。一緒に食事も、とる仲です。俺じゃ、朝霧さんやおばさん、鈴木さんみたいに力になれないかもしれませんが、話を聞くことはできます」  カバンの持ち手を握りしめ、顔をうつむかせた。  あなたにチョコを渡したいんです。この気持ちと一緒にもらっていただけますか? なんて言えるわけもない……。 「その言葉をいただけただけで百人力です。でも、これはおれの問題ですから大丈夫です」 「そう、ですか……何か力になれることがあったら、いつでも言ってくださいね」 「はい、ありがとうございます」  学校に着き、先生とおれは、それぞれの持ち場へ向かった。  始業時間まで受付の席に座り、ぼうっとしていれば鈴木さんがやってくる。 「おはようございます」 「おはようございます、桐生さん! どうですか、先生には渡せました?」  首を横に振る。 「そうなんですね。でも、まだ今日は始まったばかり! まだチャンスはありますよ」 「ですよね。帰り際にさり気なく渡せるようにします」  仕事をこなし、お昼休憩になると貴重品を持ち、図書館を出る。  先生と一緒にお昼をとるため、学食へ向かう。まだお昼休みが始まったばかりなのに人だがりができていた。  義理チョコを友だち同士で食べたり、部活のメンバーである先輩や後輩に渡して昼食をとっている子どもたちの姿があった。中には自分でバレンタイン限定のチョコレートプリンを買ったり、恋人同士でチョコレートクレープを食べている者もいる。  人混みの中で彼の姿をさがす。  「桐生さん」  呼ばれたほうへ目を足を動かす。 「薫ちゃーん!」  図書室によく出入りしている女子生徒四人組が勢いよく、おれの前に出てきた。 「うわっ、びっくりしたな! なんだ、いきなり!?」 「なんだじゃないよ! 今日はなんの日?」  真ん中のセミロングヘアの女子が眉をつりあげ、聞いてくる。 「バレンタインデー」 「そう、その通り!」  ショートヘアの女子が指を鳴らす。 「いつも図書館でお世話になってる薫ちゃんにもチョコレートをあげたいなーって」 「これでも私たち、料理はできるほうなんだ。だからー手作りチョコあげる」  双子みたいなロングヘアの女子たちが言うと四人から一斉にチョコの箱や袋を渡される。 「あ、ありがとう」 「安心して。全部、義理だから」 「本命は彼氏にあげるから」 「だから、そこで口をあんぐり開けてる、やま先にちゃんとチョコを渡しなよ!?」 「なっ」 「今夜は家に帰してもらえないかも……楽しみだね、薫ちゃん。じゃっ!」  そうして彼女たちは学食を去っていった。

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