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第13章 恋の媚薬4
嵐のように去っていった彼女たちに目が点になる。
人が多いから、さっさと食べて帰ろうと思い、先生が席取りしてくれた場所に、女子生徒からもらったチョコレートを置く。
「お待たせして、すみません」
「いえ……それってチョコですよね」
カツの甘辛煮を食べている先生の目は、椅子に置いた袋や箱に釘づけになっていた。
「ええ、バレンタインデーなので義理をいただきました」と答えて普段は使用しない学食を利用する。
スマホと財布を持って、オムカレーとシーザーサラダのセットを頼み、従業員に小銭を渡した。
席に着き、「いただきます」と言ってサラダを食べる。
わかめと豆腐の味噌汁を飲んでいた先生が味噌汁の椀を置く。
「珍しいですね、桐生さん。いつもは、お弁当なのに」
「お恥ずかしい話ですが、今日は寝坊してしまって準備できなかったんです。朝も、いつもはしっかり食べるほうなんですけど、ご飯と味噌汁だけになっちゃて、お腹ペコペコですよ」
「へえ……」
興味なさそうな様子で先生はカットされたトマトを口へ入れた。
おれもシーザードレッシングのかかったレタスを噛んで飲み込み、さり気なく訊くんだと自分に言い聞かせながら、目の前に話しかける。
「あの、先生は、よくはな屋で和菓子を買ったり、ケーキや焼き菓子を購入して食べますよね」
「はい。甘いものが好きなので」
「じゃあ――」
「でもチョコレートは嫌いです」
「えっ?」
瞬間、頭の中が真っ白になった。
「バレンタインも、ホワイトデーもいい思い出がないんです。それでチョコが嫌いになってしまって、以降、口にしないようにしてるんです」
「そ……そうなんですね」
笹野さんから聞いた話と違う。
手作りじゃなければ食べられるっていうから買ったのに、これじゃ渡したくても渡せない。
先割れスプーンを持ったまま目線を食べかけのサラダにやる。
「桐生さんも知っての通り、俺には好きな人がいますから。バレンタインやホワイトデーには、贈り物をいただかないことにしているんです。義理や友チョコを装って本命を、なんて人も過去にいましたから」
胸がきしんだような音がする。
先生が若菜さんを今でも愛してるのは知ってる。
でも、ただの催しのときですら、こんなに徹底してるとは思わなかったのだ。
おれだって先輩のことは今でも好きだけど、楠先生のことを好きな気持ちもある。亡くなった彼のことを忘れたわけじゃないけど、死ぬまで彼だけのことを思い続けることができなかった。でも、先生は違うんだ。
何をしているんだろう。何を期待していたんだろうと気分が落ち込んだ。
「桐生さんもチョコレートを作ったんですか? 亡くなった魂の番の方の仏壇に飾ったりとか」
「手作りではないですね。先輩には、家にあったチョコのお菓子をお供えしました。でも、ほかの人にも渡す予定だったんです」
「朝霧さんや花音にですか?」
向かいに座っている先生の顔を凝視した。
「あなたに渡したかったです」そんなことを言えば迷惑になるのは目に見えている。笑みを浮かべてからオムシチューのほうを食べ始める。
「いいえ、違います。その……先輩以外の男性に贈ろうと思ってたんです。でも、できません」
「どうしてですか?」
何も言わずに食べていれば、食事を食べ終えた先生が席を立った。いつもなら昼休みの十分前まで話すのに、今日はおれが食べている最中にもかかわらず皿の載ったプレートを返却口へ返してしまう。
「先生?」
「すみません、期末考査用の試験問題がまだできあがっていないので、お先に失礼します」
「あっ……」
「帰りは、いつもの時間にお送りしますので、また」
足早に去っていく先生の背中を見つめながら、やはりバレンタインや若菜さんの話は地雷だったのだろうかと気持ちが塞ぐ。
邪な気持ちで買ったりするから、いけなかったんだ。先生の笑顔を見たいなんて、若菜さんの存在を出し抜くようなことをしたからバチがあたった。
味のよくわからないオムカレーを機械的に口の中に入れ、噛んでは飲み込む作業を淡々と繰り返しながら、図書館へと戻ったのである。
「まだチョコレートを先生に渡せていないんですか?」
閉館時間になり、作業を終えた鈴木さんに尋ねられる。
「渡せていないというか、渡せなくなったというのが正しいと思います」
「まさか箱を潰しちゃったとか、チョコを溶かしちゃったりしたんすか!?」
泡を食う彼の言葉に「そうじゃありません」と答えながら鍵を締める。「先生に言われたんです。チョコレートは嫌いだって」
目をパチクリさせてから、鈴木さんが「あれ?」と頭を横に傾けた。
「どうかしました?」
「それって……」
「桐生さん!」
運動部の生徒に負けないくらいの大きな声がして後ろを振り返る、
「楠先生」
「そろそろ帰りましょう。お疲れ様です、鈴木さん」
行きましょうとアイコンタクトで駐車場のほうへ行くよう促される。でも――「やっぱり今日はバスで帰ろうかと思っているんです」
「えっ?」
先生と鈴木さんはお化けでも見たような顔をして石のように固まった。
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