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第15章 破綻2※
腹の奥が疼き始め、手足に力が入らない。
心臓や肺がおかしいんじゃない――発情期を起こしたのだと気づく。慌ててエコバックの中から抑制剤の入っているポーチを取り出そうとするが、荷物が邪魔をしてなかなか出てこない。
ようやくポーチを手に取り、チャックを開ける。抑制剤が入っていて安堵のため息をつく。
突然、後ろから髪を引っ張られる痛みを感じ、「痛っ!」と声をあげる。後ろを振り向こうとしたら、目にも止まらぬ速さでアスファルとの地面に押し倒されてしまった。
何が起きたのかわからず、頭が混乱する。
手足を誰かに押さえつけられ身動きが取れない。拳の中に薬を隠していたら、手を広げられて奪われてしまう。
目の前には鼻息を荒くし、正気を失っているアルファの男が立っていた。
おれの身体に跨ってきた見知らぬ男がシャツを手で切り裂く音がする。肌寒さをかんじていれば首筋に唇が落ち、肌に汗ばんだ手が触れる。
「いやだ……やめてくれ! 誰か……!」
震える声で言っても人っ子ひとり反応しない。
逆に人々足の音や話し声が、どんどん遠ざかっていく。
近くに集まっている人間たちの生唾を飲む音や「早く次にならなねえかな」と熱を孕んだ男の声、「わたしたちが先なんだから」と甘ったるい女の媚びた声にゾッとする。
あのときと一緒だ。いや違う。
学校に通っている子どもで、オメガを助けてくれる教師が運よくいたから、助けてもらえたんだ。
北条高校でも楠先生がいたから、なんとかなった。
だけど……先生は、ここにいない。自分の都合ばかり主張して彼を遠ざけたから。自己中心的な理由で彼を傷つけたりしたから、こんなバチがあたったんだ。
肌を吸われ、舌が這う。
乳首に爪を立てられ、痛みに悶えていれば、下着ごとズボンを脱がされてしまった。赤ちゃんや子ども、ご老人も買い物をする場所で白昼堂々、強姦されている。警備員も、警察も来ない。
足を無理やり左右に広げさせられる。ばたつかせようとしたら、目の前の男が拳を振り上げた。
殴られると目をつむっていれば耳元でドン! と大きな音がする。目線を横にやると耳のすぐ真横に男の手があった。
「オメガで生まれたおまえがいけないんだ。発情期なんか起こしやがって……!」と憎々しげな様子でおれを睨みつけてくる。
いやだと思っているのに抵抗できなくなったところで、男の指が身体の中にねじ込まれる。
もう「いやだ」と拒絶する声すら出せなくなったおれは、ただ目を開けたまま、絶望するしかなかった。
「何をしてる!」
先生の怒声が、どこからともなくする。お日様のにおいまで香ってくる。
とうとう精神的ストレスに堪えられなくなったおれは幻聴や幻臭といった幻覚を感じているらしい。
魂の番と出会ったアルファは、どんなときでもオメガの危険を察知するという。
だけど、おれたちは赤い糸で結ばれた関係じゃない。彼がやってくることは絶対にあり得ないのだ。
「その人は、俺の大事な人だ。さっさと放せ!」
急に目の前の男が視界から消え、変わりに先生が現れる。
なんて好都合な頭をしているんだろう。身体を好き勝手に無数の男女から蹂 躙 される苦痛を軽減させるために先生の幻を見て、心を守ろうとしているなんて。
「桐生さん、しっかりしてください……桐生さん!」
その場で起き上がるようにされ、肩を揺すられる。
放心状態になっているおれを見かねて、先生の姿をした偽物が舌打ちをした。地面に転がっているポーチを手早く拾い上げ、中に残っていた錠剤を目の前に突き出してくる。
「さあ、早くこれを飲んで」
「頼む、痛いのだけはいやだ。ひとりずつなら、ちゃんと相手するから。……じゃなきゃ、この場で舌を噛んで自殺する……」
「バカなことを言ってないで薬を飲め!」
抑制剤を取り出したように見せかけて、すり替えたセックスドラッグか何かを差し出す男の手を振り払う。
「やめろ、こっちへ来るな! ……ひっ!?」
尻にヌメッとしたものを感じて慌てて立ち上がる。
大好きな人に抱かれたり、自分を慰めたわけじゃない。
有無も言わさずに乱暴されたというのに太ももを伝って愛液が滴り落ちてきたのだ。
「なんで、どうして……こんな……」
涙で視界がぼやけていく。
これじゃ、本当にただのビッチや淫売と変わらない。
「助けて……」
かつての番だった「先輩」を呼んだのか、それとも今の思い人である「先生」を呼んだのか自分でもよくわからない。
もう頭の中がグチャグチャだった。
四十度超えの世界で、どんどん液体に変わっていくアイスや、かき氷のようにおれの理性は完全に溶けてしまった。
今では肌の温もりと身体の中を突き上げ、かき回してくれる肉棒だけを求めていた。
目の前のがっしりしている男の身体にしがみつき、「抱いてくれ」と懇願したのだ。
そこで意識が途絶え、目の前が真っ暗になった。
……身体が温かい。まるで風呂に浸かっているときみたいだ。
頭がぼんやりとした状態で目を開ける。
どこかの風呂場の浴室で裸にされ、浴槽を背もたれ代わりにしてシャワーを掛けられていた。
「んっ……」
「熱くないか?」
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