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第16章 見えない心5※
「昨日よりも、今日のほうが乱暴にしてしまうかもしれません。あなたを怖がらせたり、傷つけたりするかもしれない」
苦痛を堪えるような声がした。
発情状態を薬で抑えていたのに、もう一度呼び起こすのだ。凶暴な犬の口輪やリードを外し、野に放つようなものと変わらない。
それでも、この人を知ってしまった今、先輩だけを思っていた頃へは二度と戻れないし、愛されなくても求められたいのだ。
「おれは先生が思うほど、やわな男じゃない。このまま何もない状態にするなんて、いやです……」
背中に抱きつき、顔を上にすれば唇と唇が触れた。
手を引かれ、隣室に移され、着衣を乱される。合わせをはだけさせられ、腰紐が取られれば、そのまま襦袢に袖を通しているだけの状態だ。
おれも彼の服を脱がせ、上半身裸にする。腹部に固いものがあたり、彼も興奮しているんだとうれしくなる。
「昨日より濡れてる……」
先生の指がぬかるみに触れる。入口のやわらかさを指先で確認されるたびにクチュクチュと音が鳴り、顔に熱が集まる。
「言うな……わかってる。ん、」
一度、快楽を思い出した身体は簡単にほころび、アルファを一秒でも早く受け入れたがっていた。入ってすぐのところで指を浅く出し入れされるが、これじゃないと本能が告げる。
脱いだ襦袢をタオル代わりにし、畳に横になる形で足を開き、上げたほうの足を手で押さえる。「来て」と蚊の鳴くような声で告げる。
靴下を脱ぎ、スラックスや下着を脱いで、全裸になった先生がにじり寄る。
男根を手で支え、狙いを定めて中に入ってくる。
「あっ……せんせぇ……!」
息を詰め、歯を食いしっている先生の手が膝裏に回る。さらに大きく開脚され、すぐに律動が始まる。
おれも一番感じるところを調節しながら後ろにいる彼の頭を片手で引き寄せ、キスをする。
もう片方の手を互いにつないで腰を動かしているうちに先生のほうが先にイク。若さゆえか、オメガの発情期にあてられたアルファだからか、即座にもと通りとなった。
身体を転がされ、膝裏を押された状態で屹立が入ってきた。
「ひっ……あ、来る……んんっ!」
吐息を漏らした先生が腰を振り、おれも彼と感じられるように動きを合わせた。抱き寄せた彼の唇以外の頬やあご、鼻先や耳にも口づけ、感じるままに喘いでいれば「桐生さん」でなく「薫さん」と熱っぽい声で囁かれる。
名前を呼ばれただけで、身体を跳ねさせ、射精しないまま果てる。
先生は動き続けるので反射的に逃げ腰となる、そんなおれを自分のもとに引き寄せ、教えた場所をマッサージするようにこねくり回す。
さらに快楽を与えられ、二度、三度と続けざまに出さないままでいると鈴口から透明な液体を吹き出す。
粗相したも同然なのに、先生は目をギラギラさせ、腰を力強く振りたくった。
「出ちゃ、また駄目……出ちゃ、ああっ! あ、せんせ……もっと……奥……あうっ!」
急に動を止めた彼になんだろうと思っていれば、荒い息遣いの彼が「名前……」と言った。
「えっ?」
「俺の名前も呼んで……薫さん……」
呼んでいいのだろうか、どう呼ぶのがいいのだろうと頭を働かせ、「……大和くん」とつぶやいてみた。
すると、むしゃぶりつくように深く口づけられ、泣きどころを切っ先でトントンと上から叩かれる。
「もっと、もっと呼んで……」
「大和く……ひ、うっ、大和くん……んああっ……っ! 大和……!」
彼の髪を手でかき乱し、足を交差させる。
肌と肌がぶつかる音に淫らな水音、あせばんだ熱い肌に、卑猥な香りと彼のフェロモンがまざった香り、息遣い。
「薫さん……薫……」
そうして、おれたちは夕ご飯をとるのも忘れて何度も交わった。
翌日の開校記念日も浅い眠りから目を覚まし、水を飲んだらすぐに昨日の続きだ。先生と言葉少なに抱き合い、互いの身体を求め合う。
おれの発情期がおさまったときには太陽が真上に来ていた。
――瞬の不動産屋をやっている知人は、この日本家屋をご老人から買ったそうだ。家主は足腰が弱り、頼れる親族もいない。老人ホームに入ることを決め、思い出の詰まってた家を誰かべつの人間に使ってほしいと思い、手放した。経年劣化の起きている部分や基礎は耐震性のあるものに変えられ、今はおれが住んでいる。
風呂は木風呂で平均体型の男三人が入っても足をのばせるほどに広い。
正気に戻ったおれと先生は互いの身体を洗い、肩までお湯に浸かっていた。精根尽き果て、気を抜けばその場で寝入ってしまうおれの身体は、先生に後ろから抱きしめられる形で支えられている。
「――無理をさせましたよね」
土曜日にショッピングモールで襲われたときのあざができた手首に口づけられる。
それだけで敏感になった身体が反応し、吐息をこぼしてしまう。
「駄目だ、薫さん。これ以上は明日の仕事に支障をきたす。俺も、もう……」
発情期のオメガに反応してアルファは精を作る。
もとの理性ある状態の先生にも、そのような余力はない。
「……わかってる」
ひどくかすれた声が出た。果たして明日、「風邪気味」でマスクをする形で隠せるものなのだろうかと眠い頭で懸念する。
十分ほど経つと抱き上げられて風呂から出る。
バスマットの上に正座し、タオルで髪を拭っていれば、うなじに唇が落とされた。
身体を拭いている先生が背を向ける。
「明日、車で送迎します。だから、待っていてください」
「はい……お待ちしてます」
心が手に入れられないのなら、せめて身体だけでもと願ってしまった。
いつまで続くか、続けられるかは、わからない
それでも、そばにいてくれるなら、そばにいられるなら――彼のセフレでもいいと思ってしまったのだ。
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