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第17章 セフレ4※

 きっとセフレとしての自覚がないから、こんなふうに苦しくなるんだ。どこかでまだ、彼と恋愛関係になれる未来を描こうとしている自分に嫌気が差す。 「あなたは学校では生徒たちに勉強を教える先生なんです。子どもたちの見本となる身近な大人だという自覚をもっと持ってください」 「……そう、ですね」  そうして、おれたちは無言のまま、互いの肌に手や舌を這わせ、唇を滑らせながら愛撫した。  おれと彼の分身は上を向いて、すでに臨戦態勢となっていた。  アルファと性行為をすると脳が命令を出し、かすかにオメガの本能が覚醒する。発情期のように足を伝うほどに濡れることのない肛門もかすかに湿り気を帯びる。  そうはいっても、こんな状態でひとつになればおれも、彼も痛い思いをするだけなのでローションを入れ、指でしっかり解した。 「……ひっ、やっ……んんっ!」  横になった先生の上にまたがり、彼を体内へ招く。  先生は眉を寄せ、身じろぎひとつせずに、おれが彼のすべてを受け入れるのをじっと待ってくれた。  一番太いカリ首さえ飲めば後は重力と自重によって、中に収まる。彼のざりざりとした下生えが、しりにあたるのを感じながら息を整える。彼の筋肉がついた固い身体に手をついて足を開き、スクワットをするように腹部と足に力を入れる。男性器が抜ける直前まで腰を上げる。  中を擦り上げるものに全身がゾクゾクして悪寒に似たものを感じて震える。この後、指先まで伝わるだろう甘い快楽に、のどを鳴らして腰を下へ落とす。 「あうっ!」 「うっ、」  低い喘ぎ声を漏らして先生が悶絶した表情をする。  その姿に愛しさが募り、胸と穴が連動したかのように熱くなっていった。  ――『薫さんが、おれの上で腰を振って乱れる姿が見たいです』  ふたりで気持ちよくなれるように腰を上下に振るが、正常位やバックのときのように上手に動けない。  彼を一時でも魅了できるのなら……少しでも若菜さんを忘れて先生が笑ってくれるのなら、彼が望むことはなんでもかなえたい。  世間一般の人々がいい顔をしない関係でも……。 「はっ、ん……っ……」  運動の苦手なおれは、すぐに体力が尽きた。先生の腹に手をあて座っているだけになってしまう。 「……ごめん、大和くん。少し……疲れちゃった……すぐ、動くから……少しだけ……待ってくれ」  一回り大きな手が、おれの手に触れた。熱を持った手に包まれ、両手とも恋人つなぎをした状態になる。 「薫さん」 「大丈夫、すぐにやるから……」 「ありがとう、もういい」  汗ばんだ肌を上気させた先生が胸を上下させる。 「ここからは俺が動くから……感じてくれ」  えっ? と思ったら視界がぶれ、後から頭が真っ白になるような甘い痺れが全身に伝わり、下から突き上げられた。 「あっ、やま……大和く、ん……うっ、そこ……あ……」 「ちゃんと覚えてる……薫さんの好きなとこ。……もっと感じて」  あまりの気持ちよさに涙が勝手にこぼれてしまう。 「好き」と気持ちを伝える代わりに彼の名前を何度も呼んだ。 「あああっ……!」 「ぐぅっ……あっ……」  痛いくらいに手を握りしめ、ほぼ同じタイミングで極まる。  脱力し、身体が傾くと目の前にある先生のがっしりした腕に抱きとめられる。唇を軽く吸われ、頭を大きな手で撫でられる。  まだ内側でくすぶっている残り火があったが、「一度だけ」の約束を守るために先生は、やわらかくなった身体の一部をおれの中から出した。  しりの合間から先生の欲望が垂れる。  じょじょに火は消え、頭も冷静さを取り戻してきた。  ベッドの横に設置された木製のサイドテーブルの上に置いたポーチへと気だるさの残る手をのばす。  中から緊急避妊薬を出し、口へ放り込み、つばとともに飲み込んだ。  ティッシュでおれの汚れた部位を念入りに拭き、くたっ力のなくなった己の性器を拭った先生が「いいのか?」と悲壮な面持ちをする。「薫さん、いつも緊急避妊薬ばっかり飲んでるけど、そんなに飲んで大丈夫なのか?」  生でヤッて、おまけに中出し。外出しでも女のオメガやベータなら妊娠していてもおかしくない状況だ。  用心に越したことはない。万が一、番になっていないのに子どもを授かったら彼に迷惑が掛かるし、きっとそばにいられなくなる。この関係が強制的に終わり、先生を困らせてしまう。  生まれてくる子どもも先生のように父親のことでつらく、悲しい気持ちになるかもしれない。成長して大人に近づけば出生に疑問を抱くだろう。  それなら最初から子どもを授かれない身体になるほうがいい。 「安心してください。赤ちゃんができないように徹底しているので」  ゴミ箱に丸めたティッシュを捨て、「そういう意味じゃない」と珍しく、いらだった声を出す。 「一週間に一度は必ずヤッているのに毎回飲んでるんだ。こんなに頻繁に飲んでいたら、ひどい副作用が出るんじゃないかって訊いてるんです」  ベッドの下に落ちているボクサーパンツに足を通した先生が眉をつり上げる。 「毒薬じゃあるまいし、腹上死なんてしないから安心してくれ」  軽い冗談を口にしたつもりだが、「そんなことを言ってる場合か」という顔をされた。

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