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第18章 魂の番≠運命の番2

 遊園地を前にした子どもみたいに彼は目を輝かせ、表情を明るくした。 「めちゃくちゃイケメンですね!? モデルさんか何かしてました?」 「……へっ?」とおれは間抜けな声を出した。  鈴木さんは大きく口を開けたまま固まり、笹野さんは面食らっている。 「あっ、いけない、いけない」  彼は、えへへと笑ってから居住まいを正した。 「僕、(たけ)(もと)(みやび)って言います。北条高校のOBで昨日から教育実習に来てる者です。国語科のほうを担当させていただいています」 「あっ、ああ、なるほど。図書館の司書兼茶道部の顧問をしています、桐生です」 「茶道部の顧問もやってらっしゃるんですか!? 僕も高校時代に茶道部に所属して、今、大学のサークルも茶道部なんです! 僕が子どもだったときは、おじいちゃん先生が顧問だったのに、今は桐生さんみたいなかっこいい人がやってるんだ。いいなー……」  返答に困りながら営業スマイルを浮かべる。 「前任者の方が育休中のため、代わりに入っているだけなんですけど」 「ねえ、桐生さん。僕も午後、部活に参加してもいいですか!?」 「それは桐生さんに訊くよりも、ほかの国語科の先生や楠先生の許可をいただいたほうがいいと思いますよ」と笹野さんが助け舟を出してくれた。 「ああ、そっか。それもそうですよね!」  ポンと手を叩いて彼は夏の太陽みたいな笑みを浮かべてカラカラ声をあげて笑った。 「朝から騒いじゃってごめんなさい。一旦、出直しますね。開館時間になってから資料のほうを貸してください。桐生さん、後でまた遊びに来るので、お話ししましょうね!? それじゃあ失礼します」  そうして頭を下げた彼は廊下をスキップして去っていった。 「いやー、めちゃくちゃ明るくて、かわいい子っすね。ごねたりせずに素直に謝るし、いい子だなー。にぎやかになりそうですね」と鈴木さんが口角を上げる。  反対に表情を曇らせた笹野さんが「そうね」と一言しゃべって、こちらを見てきた。「どんなに姿形が似ていても似て非なるものなのよ。死者はよみがえったりしない」 「笹野さん?」  クエスチョンマークを鈴木さんが浮かべ、まばたきをしているうちに笹野さんがタイムカードを押して、仕事に入った。  彼女の言いたいことが手に取るようにわかる。  おそらく竹本先生は若菜さんの親戚だ。そして先生は、若菜さんに生き写しの竹本先生と会って激しく動揺したのだ。  かつて失った魂の番が戻ってきてくれたような錯覚を覚えるものの中身は完全に違う、べつの人間だ。  もの静かでいつも遠くを見ている若菜さんと、元気いっぱいでフレンドリーな竹本先生。  彼らの性格や仕草、行動の違いに心が追いつかず、あのように疲弊したのだろう。  おれは先輩に雰囲気の似ている先生のことを結局好きになってしまい、セフレに甘んじることすら厭わないでいる。  だとしたら、先生はどうだろう? 若菜さんにそっくりな竹本先生を選んだりするのだろうか……。  出入り口の看板を開館中に切り替えた。  授業の二時間目が終わると竹本先生がやってきて、「部活参加、OKもらえました」とおれに話しかけてくれた。 「それは、よかったです。どうですか、実習は?」 「まだ始めたばかりなので、なんとも。でも高校に帰ってきて、昔お世話になった先生たちに会えてうれしいし、楽しいです。そうだ、桐生さん」 「なんでしょうか」  印刷機から出てきた貸出表を、彼が古文の授業を行う際に使う文献の間に挟んで手渡す。  本を顔の前に持った彼から「今日のお昼ご一緒できませんか?」と尋ねられる。 「ほかの実習生や先生方と食べたほうがよろしいのでは……? 交流を深めたり、積もる話もあるでしょう」 「僕、出身は栃木なんですけど大学は東京に行ってて、一時的に地元へ戻ってきてるだけなんです。だから、ほかの子は固まっちゃっていて……もちろん世間話や業務連絡はするんですよ。先生方もやさしいです。でも、お昼も仕事の話になって休んだ気がしなくて……ただ桐生さんは東京の大学に通っていたし、つい最近まで東京にいたから話が合うはずだって楠先生が教えてくださったので話したいなー、なんて……」  先生がそんなことを話していた事実に狼狽すると同時に、彼がそう言っているのなら竹本先生を邪険に扱うわけにもいかない。 「そうですか……お弁当は持ってきていますか」 「えっ?」 「持っているのなら購買のところのベンチにでも座って食べましょう」 「はっ……はい! ありがとうございます。すっごくうれしいです」  満面の笑みを浮かべて戻る彼の姿を見送って、鈴木さんと笹野さんにお昼の時間について相談する。 「いいっすよ、交代します」 「すみません、鈴木さん」 「いつも桐生さんに彼との話を聞いてもらってるんで、これくらい朝飯前です」  そうして彼は、英語のDVDを借りに来たALTの教師にオススメの作品を教えていた。 「いいの、桐生さん」と返却図書を整理していた笹野さんに指摘される。 「何が、です?」 「言うべきことはちゃんと言っておかないと後でややこしいことになるわよ」

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