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第18章 魂の番≠運命の番3

「……なんのことだか、よくわかりません」  はぐらかした返答をし、手元にある新着書籍とPCのデータを紐づけていく。  そうして、お昼になるとスマホにLIMEが来ていた。楠先生からだ。 『お昼の件、一言も相談もせずに勝手なことを言って、申し訳ありません。ただ、彼は、薫さんや朝霧さんの出身大学の文学部の学生なんです』  じゃあ竹本先生は、おれの後輩にあたるのかと思いながらメッセージを読み進める。 『教育実習に来てがんばってはくれているものの、まだいろいろと進路について悩んでいるみたいです。俺だと、どうしても教師目線になってしまうので、できれば同じ大学で同じ文学部出身の先輩として薫さんの率直な意見を彼に言ってあげてくれませんか?』 『わかりました。何ができるかわかりませんが、まず彼の話を聞いてみますね』とメッセージを打ち、弁当や貴重品を持って購買に向かう。  竹本先生は実家のお母様に作ってもらった弁当を広げ、おれは昨夜の残り物が入った弁当を出した。 「すみません。初対面の桐生さんにご迷惑をお掛けして」 「いいんですよ、気にしないでください。楠先生からおれの話を聞いているんですよね」 「はい、大学のOBだって聞きました。アイドルみたいにかっこいい容姿をしていて、すごく頼りがいがあるし、やさしい人だって」  やさしい人……それは先生のことが好きだから、やさしくできるんだという言葉を飲み込んだ。  朝とは打って変わり、落ち込んでいる様子の竹本先生が安心して話せる雰囲気を作る。 「ご家族の方は竹本先生に地元へ帰ってきてほしいと思っているんですか?」  昨日作った鮭のムニエルを解し、身をご飯と一緒に口の中へ入れる。  竹本先生はのりのついた三角おにぎりを少し口に含んでから、こくんとうなずいた。 「そうなんです。父は『雨風をしのげる場所と水や食料を心配する必要のない状態なら、おまえの好きな道を行け』って言ってくれるんですけど、代々教師をやってきた祖母と母は『定した生活ができるんだから教師になれ』ってうるさくて……個人と話すのは好きなんです。でもプレゼンとか、発表の場になると上がっちゃって……採用試験に落ちたら教師の資格を取っていても意味がないですし、存外狭き門なんですよね。北条高校に実習に来て懐かしい気分にはなれたけど、ほかの実習生みたいに熱心になれないし、アルファの子どもたちと向き合う自信もないんです。桐生さんは、どうして東京から、こっちに引っ越したんですか? 東京に比べたら不便なところだってあるでしょうに」  アスパラガスにマヨネーズをつけてかじる。コリコリしておいしいなと思いながら、続いて甘じょっぱい玉子焼きを口へ放り込む。 「魂の番であるアルファと番って一週間後、相手が事故にあってこの世を去ったんです」 「そんな……」と竹本先生が口元を抑え、絶句する。 「そうしたら心臓や肺を悪くして仕事を辞めざるを得ない状況になったんです。契約を破棄するまで、ずっと具合が悪くて、まともな生活ができなかった。就職活動をしても落ちてばかり。そんなときに、ここの事務員の朝霧――おれや竹本先生と同じ大学の出身で、友だちである男が、この高校で図書館の司書と茶道部の顧問になったらどうだって誘ってくれて。見事、面接に受かったので移住しました。逆に竹本先生は東京へ帰りたいんですか? やりたい仕事とかが理由でしょうか」  オムレツを箸でつつきながら彼は目線を下へやった。 「大学の一年から和雑貨を販売している中小企業でブログ記事の執筆や商品の写真撮影、イラストの作成とかSNSの更新をアルバイトとしてやらせてもらっています。そこの上司の方から『正社員になってみないか』って誘っていただいたんです。すごくありがたい話ですが、もう後一年がんばらないと正社員登用の試験が受けられません。母や祖母は『ただでさえオメガの男で恥ずかしいのに大学を出てもフリーターなんて親戚に笑われる。それなら、こっちで教師になって公務員と番になって子どもを作れ』って」  なんだかんだいってアルファである父は、オメガである母を一番愛しているし、おれのことをオメガだからとアルファやベータの兄弟たちと差別することはなかった。むしろ小学生に上がる前までは猫かわいがりされていたのだ。  千葉や東京でもオメガの差別はあったけど、ここら辺が番のいないオメガにとっては住みにくい場所なのか、どうしてオメガの子どもたちの多くが北条高校へ進学したいと思い、少子高齢化にもかかわらず受験倍率が年々上がっているのか、なんとなくわかってきた。 「それは、ちょっと考えものですよね。ほかの企業は、どうでした?」 「駄目です、ぜんぜん受からなくて」  まるで大学時代や、つい最近までの自分を見ているような気分になり、竹本先生に親近感がわく。同時に、そんな彼に自分は何ができるのだろうと考える。 「それに……」  彼は頬を赤く染め、やわらかな笑みを浮かべた。 「それに?」とオウム返しをして話の先を促す。 「アルファの彼がいるんです」

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