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第19章 素直な気持ち3
お説教タイムが始まるということで瞬に背中を押され、和室のほうへ連れて行かれる。襖を閉めた瞬が用意してくれた座布団の上に正座をした。
「ったく水くさいやつだな。おまえ、志乃が妊娠したときは先輩と一緒に、ぬいぐるみやおもちゃ、ユニセックスの赤ちゃん服なんかを贈ってくれたのに、おれたちには何もさせてくれないのか!?」
「待て、瞬、おれの話を聞いてくれ」
「いやー、やっぱりそうなったか。だと思ったよ。だって楠先生、先輩に似てるし、いい男だもんな。亡くなった恋人が忘れられないって話だが、いずれはおまえのことを好きになると思ったんだ。勘が当たった!」
「おい……」
「だけど親父さんたちや、お兄さんたちは平気か? おまえが先生の番になって結婚したのなら、まだしも、挨拶にも来てないのに薫のことを妊娠させた先生を許してくれるかな? まあ、でも最近は授かり婚や式を挙げない人たちもいるし、おふくろさんや弟くんが、なんとか丸く収まるようにしてくれる。きっと、そうだ」
あごに手をあて、首をひねっている友人に頭が痛くなる。
「それで、いつ子どもが生まれるんだ? 男か、女か? まさか喧嘩中だから、まだふたりで病院に言ってないなんて、そんなバカなこと言わないよな。ひとりで生むつもりなのか!?」
目をらんらんとさせ、いきいきとしている友人の元気な姿と想像力のたくましさに呆れ果てる。
「何を勘違いしてる。おれは子を妊娠しておない」
「はあ?」と答えた瞬は、目と口を大きく開き、鼻をふくらませた。
「ストレス性の胃潰瘍になって胃の縁に細かい穴が、たくさんできているんだ。大きな穴ができていないから手術は必要ないものの当分の間は消化のいいいものしか食べられない。薬を飲んでも常に胃はムカムカしているし、みぞおちもシクシクする。寝ている間も脂汗をかくような痛みで夜もろくに眠れない。そこに脂身たっぷりの牛肉を口にして気持ち悪くなっただけだ」
「は、あっ……そういうことか」
目を点にして茫然自失しているやつを鋭い目つきで睨んだ。
「それより、どうなってる。なんで、おまえの口から『先 生 の子を妊娠した』なんて言葉が出るんだ」
「オレ、そんなこと言ったけー? 花音がギャン泣きして志乃が大変そうだ。夫として助けに行かないと」
かわいこぶって白々しい嘘をつき、逃げ去ろうとしている男のズボンを掴んで力の限り引っ張る。
尻尾を踏まれた猫みたいな声が瞬の口から飛び出した。
「ズボンが破れちまうだろ!? 手ぇ放せって!」
「それがいやなら、さっさとおれの質問に答えろ。人が目の前で吐いてるのに志乃さんは食中毒の心配やノロじゃなく、おれの妊娠を心配した。花音ちゃんに至っては、『おじちゃん』と呼んでいたぞ」
「わかった、わかった。正直に話します。逃げないから勘弁してくれよ!」
ズボンを掴むのをやめ、瞬があぐらで座った。
「五月の連休中、おまえが図書館に行ってて留守にしているとき、おまえをデートに誘おうとしている楠先生と鉢合ったんだ。で、おれたち報告してくれたよ。『このたび桐生さんの恋人になりました』って」
「……冗談だろ?」
おれは瞬が酒に酔っ払ってジョークを口にしているのかと思った。
だけど……「こんなときに冗談言ってどうする。オレだって最初は疑ったよ。おまえには先輩が、先生には忘れられない初恋の人がいるからな。だけど、あの人、十二月の終わりには、おまえのことが寝ても覚めても気になってたみたいだぞ。オレに電話してきて、『どうしたらいい? 桐生さんと恋仲になれるアドバイスをしてくれ!』って、ひどい慌てようだったんだぞ。おまえに出会ったばかりの頃の先輩みたいで驚かされた」
十二月の末におれは誘発剤を打たれ、雪の中、先生の車で家まで送ってもらった。そうして若菜さんの話をいつでも聞くと言ったんだ。
熱にうなされていたおれは、いつまで経っても先生から連絡が来ないと絶望していた。
どこでおれを好きになったのか理解不能だ。
「志乃は、おまえと先生が過去に囚われているのをよくないって言って、先生の恋が実るようにいろいろと画策していた。で、おまえと先生が一夜を明かし、デートをするようになったのを喜んでいたんだ」
「そうか……だが、瞬、先生とおれは恋人じゃない。ただのセフレだぞ」
「なんでだよ?」とやつは頭をガシガシ掻いた。「先生は嘘をつくような人じゃないし、一番そういうのを嫌うタイプの人間だ。どうして、そうなった?」
「一度も『好きだ』とも『愛している』とも言われてない。交際の申し出もなかった。それに最初のとき、おれは発情していた。先生がオメガのフェロモンにあてられ、おれと魂の番である人を間違えたんだと思ったんだ。その後は、おれが『抱いてほしい』と望んだからセフレになってくれったんだと……」
「だったら、おまえとセックスしている最中も、初恋の人の名前を毎回呼んでたはずだ。オレは遊びで恋をしたことは一度もないから何とも言えないが、ここは東京と違う。家にセフレを寝泊まりさせたり、真っ昼間から買い物デートなんてしていたら『恋人』か『番』と認識されて、ご近所さんの噂になる。それは、あの人も、よくわかっているはずだ」
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