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第20章 終わりと始まり1

 梅雨が明けたと思ったら、あっという間に暑い日が続くようになった。  おれが子どもの頃は、七月にならないとミンミンゼミも鳴かなかった気がするのに、六月の最終週には鳴くようになっていた。  すでに教育実習生たちは学校へ帰り、教師になる自信がないと言っていた竹本先生しかいない。  よく校内で楠先生とともに行動している姿が見られる。魂の番だから、おかしくないといえばおかしくない。  しかしながら楠先生が笑ったり、お菓子を買いに出かけることが激減したという話を笹野さんや、はな屋のご夫妻から聞いた。  LIMEのブロックを解除し、着信拒否を設定し直す。  電話を掛けたけれど先生は出ない。すぐに留守電メモになってしまう。  それならとLIMEでメッセージを打つ。 『お久しぶりです。今さら何をと思われるかも知れませんが、先生にお話ししたいことがあります。お時間のあるときでいいので放課後、購買部のベンチのところまで来てください。先生が来るまで、お待ちしています』  日時も指定していないメッセージを送り、仕事後に十九時まで購買部のベンチで先生が来るのを待つという行為を五日間繰り返す。  そうして茶道部の活動日である火曜日になった。  朝、図書館へ向かう途中、楠先生の腕に抱きついている竹本先生の姿を目にした。  ふたりが魂の番だという話が学校中に広まっているし、竹本先生が楠先生を追いかけているから、いつもの光景になっ見咎める人間は誰もいない。  笑顔のない楠先生は目線を下にやっていて、おれの存在に気づかない。  でも竹本先生は、おれに気づいた。彼と目がバチンと合う。  わざと聞かせるためなのか、それともうれしくて興奮していたからか、おれにも聞こえる声で「楠先生、今夜は絶対に離しませんからね!?」なんて言っている。  もう――手遅れなのかもしれない。  先生も竹本先生の魅力に気がつき、彼と正式におつきあいをしている可能性がある。  そもそも、今さらこんなことを言っても彼を混乱させるだけだとわかっている。それでも最後に一回だけ、おれの素直な気持ちを言葉にして先生に伝えたかったのだ。 「……お昼、行ってきます」とシフトが一緒の鈴木さんと笹野さんに断り、ロッカーから財布とスマホ、冷蔵庫から弁当箱を取り出す。 「桐生さん」 「はい」  笹野さんに声を掛けられ、返事をする。 「購買部のところは人が多くて、いつもうるさいくらいに、にぎやかでしょ。でも第二体育館横のベンチは、ほとんど使う人がいなくて静かなところなのよ」 「そうなんですか」  なんの話だかわからず、そのまま彼女の横を通り過ぎようとしたら、手を掴まれる。 「大和くんが待ってるから行って」 「えっ?」 「とにかく早く。じゃないとまた、竹本先生が来るわよ」  おれは無言でうなずき、図書館を出た。  そうして待ち合わせ場所まで走っていった。 「先生……!」  しかし、そこにはすでに竹本先生がいた。おまけになぜか彼は発情期を起こしていたのだ。  保健室まで全力疾走したおれは養護教諭の人に事情を話し、オメガとアルファ用の抑制剤をもらった。そうして警備の人とともに、さっきの場所へ行く。  お願いだから、竹本先生と抱き合ったりしないでくれ! 最悪の事態を想像し、戻ると涼しげな表情をしている先生と「どうして……なんで……」と顔をくしゃくしゃにして地面に膝をついて、泣いている竹本先生の姿があった。 「先生、魂の番であるオメガの発情期のフェロモンを嗅いでも大丈夫なんですか?」  警備のひとりが困惑顔で楠先生に声を掛ける。 「はい、持ち歩いていた抑制剤を飲んだので大丈夫です。竹本先生にも飲ませてあります」  淡々とした口調で機械的に答えた。 「そうですか。では問題なさそうなのでわたしたちは持ち場へ帰りますね」 「はい、ありがとうございます」  そうして警備のふたり組は帰っていった。 「先生、抑制剤を持ち歩いていたんですか……?」  久々に話すのに第一声がこんな言葉になるとは自分でも思わなかったが、疑問は解消したい。  先生は、おれと目を合わさないまま「もちろんです」と答えた。「魂の番である竹本先生がいつ発情期になるかわかりません。いくら発情期のオメガを救う訓練を受け、実践経験があるからといっても油断して性行為を生徒たちの前で行うヘマはしたくなかったので、いつもズボンのポケットや財布の中、保冷バックなどにアルファとオメガの抑制剤を入れて持ち歩いていました。それから竹本先生を家へ上げたことは一度もありません」 「どうして、先生!」と竹本先生が悔しげな顔つきをして叫んだ。「僕は魂の番であるオメガなんだよ? それなのに……バカみたいに抑制剤をあっちにも、こっちにも携帯してるなんて変だよ! なんで僕を番にしてくれないの!?」 「何度も言ってるでしょう。俺には好きな人がいる。だから竹本先生の気持ちには答えられません」  そうして先生は何かを訴えかけるような目をして、おれのほうを見たのだ。 「そんなの、おかしい……魂の番は唯一無二の存在。誰もが憧れ、手に入れたいと望む。それなのに、ほかの人間を選ぶなんて常軌を逸してる!」

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