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第2話
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「ぁっ! まって、くださいっ、たかなし、さっ──」
彼の家に連れていかれ、シャワーを借りて出るなり腕を引かれ、キスをされながらベッドへゆっくりと押し倒されてしまった。
「これからエッチするのに、またシャツ着たんですか?」
言いながら、彼の長い指がシャツのボタンにかかる。
「あのっ、ほんとにっ……」
「ん?」
「その、する、んですか……?」
明らかにこういうことに慣れている彼に対して、いつの間にか敬語になってしまう。
「ボクはもうその気だけど……いや?」
「…………」
そういう彼はバスローブ姿で、弾力のある肌が隙間 から見え隠れしている。思わず食い入るように見てしまい、気づいたら、小さくうなずいていた。
「かわいい……」
「んっ──」
いつの間にかシャツのボタンをすべて外され、大きな手のひらで撫でられる。彼の熱で肌が溶けていく感覚に、腰がずくんっと重くなってくる。
「舩津せんせい……男らしくて、キレイな身体してますね」
「っ──そっちこそ」
思わず手のひらで確かめたくなるような腹筋を見せつけられ、喉がなってしまう。
「触りたい?」
言われて手を伸ばす。綺麗な溝を指先でなぞると、ん、と甘い吐息が漏れる。
中性的な顔立ちが、少し眉根を寄せる様に、俺は興奮する。思わず上体を起こすと、こちらを見つめる彼と目が合い、自然と唇が重なる。
「はっ……っ」
ぴちゃっと唾液が絡まる音と、口から零 れる上擦 った声──俺達は夢中になって、お互いの昂 りに手を伸ばし、扱き合う。
「ぁ、っ! ん、たか、なしさっ、だめっですっもっ──」
裏筋からぐぐーっと先端まで、絞り出すようにマッサージされ、俺は、彼の肩に額をつけて喘ぐ。自分だけがイキそうで、申し訳なくて、恥ずかしくて、無我夢中で彼のものを擦 り上げる。
「んっ! そこ、きもちぃ、ボクも──いきそっ」
びゅくびゅくとほぼ同時に精を放って、俺達は大きく肩で息をする。
「はは。真面目そうな先生が、案外積極的で、興奮しちゃった……」
「俺も──初めて、です……」
触れたいと思うのも、まだ、離れたくないと思うのも──さっきみたいに、彼と、もっといろんなことを話したい──
「小鳥遊 さん……また、会えますか?」
そう言うと、彼は少し驚いた顔をして、それから、やさしく微笑んだ。
「カヲルって呼んでください。ボクも……圭悟 くんって呼んでいいですか?」
***
「カヲル、朝だぞ」
「ん……え? うそ、寝ちゃった」
「ごはん、出来てるぞ」
「え? ほんとに? 何か作ったの?」
そう驚くのも無理はない。なにせ俺たちは、両方料理スキルがない、残念カップルだからだ。祝日の朝の、気だるい空気を纏 いながら、カヲルがのろのろとダイニングテーブルの上を見る。
「見ろ、朝食だ。結構いい出来だろ」
「うーん。一言でいって、下品、だね」
太いソーセージを真ん中にデンと並べ、その根元にゆで卵を二つ置いた盛りつけを見て、カヲルがにこっと笑いながら、辛辣 に答える。その反応が面白くて、ついやってしまうのだが──
「涼しい顔して、かなり面白がってるでしょ。圭悟くん」
「まあな。お前のをイメージして右寄りにしてみた。陰毛をイメージしたキャベツが華を添えてるだろ」
ふん、と鼻で笑うとカヲルがあきれたように笑いかえす。
「あははっ。やめてよ、食べにく過ぎっ。ほんと泌尿器科が向いているよ。キミは」
泌尿器科に進む人間には、共通点があるらしい。面白いことに、アメリカ共通だ。
「初めて会った時も言ってたな。知ってるぞ。 ”friendly, funny, and happy down-to-earth group of surgeons.”だろ?」
「そう、それ。〝優しくて、面白く、ちょっと下世話なところもある気取りのない医者〟ぴったりじゃないか」
「人前でキスしたりお尻を触ってくるお前に言われたくないな」
「あはは。ボクのはただのセクハラ」
そう言う彼が愛しい。
付き合って数か月。わかったことは、カヲルは二つ年上。俺の方が、少し背が高いとわかって、すねたりする。甘いものが好きで、緑茶よりホットミルクを好む──俺達はまだ、お互いを知ろうとしている段階だ。
「カヲル……」
近くにいって、ブランケットごと抱きしめる。クーラーの部屋は寒いからと、カヲルはいつも上着を羽織るか、何かにくるまっている。
「好きだ……」
「──ん……ボクもだよ」
そう言って俺にちゅっとキスをして、食卓につく。
「────」
──カヲルはまだ、俺に好きだと言ってくれない。それが少しだけさみしい、なんて、子どもみたいなことを言ったら、笑われるだろうか──
「ねえ、昨日の……」
「ん?」
向かい合って下品な盛り付けをつついていると、ふいに真面目な顔で、カヲルが話し出す。
「子どもがってやつ。ボクと付き合ってたら、この先無理だけど、いいの? ベータの女の子か、オメガを探した方が……」
「かまわない」
正直、考えなかったわけじゃない。でも、実はアルファで、精子が減っていくことに焦っている、なんて言えるわけがないし、カヲルの口が軽いとは思わないが、この仕事を続けていきたいから、できるだけ用心したい。それに、今はもう、カヲルしか考えられない。
「俺は、カヲルと一緒なら、それでいい」
「そっか……」
いくぶんか表情が和らいだカヲルを見て、俺も安心する。
「カヲル。来月、三泊四日の連休があるだろ。旅行にいかないか?」
「え……ほんとに? 嬉しい」
医者と薬剤師だと、休みが合わせやすいから、こういう時、便利だ。旅行を長く楽しみたいからと、仕事が終わってすぐ、夜のJRで温泉に行くことになった。
だが、まさかあんなことになるとは思っていなかった──育んできた俺たちの関係性が、崩れてしまうなんて──
***
その日は残暑もやわらいで過ごしやすく、いい旅行日和になるだろうなと感じていた。
「圭悟くん! おまたせっ」
カヲルは、シャツの上に淡いカーディガンを羽織り、ベージュのパンツに茶色のアクセントが入ったスニーカーを履いてきた。センスがいいとは思っていたが、素直に見惚れてしまう。俺はTシャツにチェックの半袖シャツ、だぼだぼのジーンズに、履き古したシューズ──少し子供っぽかったかなと言う俺に、彼はそんなことないよと笑ってくれる。
「わーこういうの新鮮っ!」
キオスクで買ったお弁当を車内でひろげながら、カヲルが嬉しそうに声をあげる。
「そんなにか? デートとかで、よくあるんじゃないのか? ほら……お前は俺なんかより、ずっとたくさん付き合ってるだろう?」
「セックスの経験=本命っていうのが、いかにもキミらしいね。圭悟くん」
「うわわっ……ん? すまない。聞こえなかった。なんて言ったんだ?」
上の棚に詰め込んだ荷物がうまく乗っかっておらず、落ちてきてしまった。慌てて乗せなおして聞き返す俺に、カヲルがにっこりと答える。
「美味しいって言ったよ。キミと一緒だから格別」
あきらかにさっきと違う答えだったが、楽しい雰囲気を壊したくなくて、俺は追求しないことにした。
***
『キキキキーーーーーーー!!』
走り始めて二時間弱……大分行きの特急列車がけたたましい音を立てて急停車した。カヲルと二人、うとうとしていた俺たちは前の座席に思いっきり体をぶつけた。
「「────ッ!」」
「いった……大丈夫? 圭悟くん」
「ああ……なんなんだ。一体──」
『ただいま、この列車は人身事故のため、急停車いたしました。繰り返します……ただいま、この列車は──係員の指示に従ってください……』
「「人身事故!?」」
俺たちだけじゃなく、車内がざわつく。あと三〇分もすれば着いたというのに、なんてことだ。車かタクシーを拾うにも、渋滞はさけられないだろう。
『お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか? いらっしゃいましたら、お近くの係員まで──』
どうしたものかと思っているところに、このアナウンスだ。
「圭悟くん」
「ああ。行ってくる」
***
係員に案内された車両には、まさか……中学生の修学旅行の団体があった。具合が悪いという子は明らかにオメガだろう。ふらつく彼女の肩をささえ、小声で確認する。
「キミはオメガだね。ヒートの時の薬は? 持ってる?」
女子中学生は力なく首をふる。
潤んだ目で呼吸が荒い……。引率の先生によると、修学旅行の帰りらしい──おそらく初めてのヒートだろう。オメガだと診断されても、実感がわかず、薬を準備していない子も多い。すぐにでも薬を処方してあげたいが、オメガ用の薬は、あいにく持っていない。俺は引率の先生に状況を説明する。
「おそらく急な事故で、精神的に不安定になったオメガの子がヒートを起こしています。薬はお持ちですか?」
引率の先生は頷き、素早く女子中学生に薬を飲ませる。これで一安心かと思いきや、同じような症状の子が次々と現れてしまう。
「あの、薬が足りませんっ、どうしたらっ」
「オメガの子は何人ですか?」
「ええと、三十六人です……あと十人分の薬が足りません」
「あと十人──」
多い……何かのはずみでベータからオメガに切り替わる〝スイッチ〟という特殊ケースが出ることも考えられる──外を見ると、何もない田園風景が広がっていて、病院や薬局らしきものは見当たらない。
「ぅ、はあ、はあっ……」
「大丈夫かい?」
集団オメガの同時ヒート──甘く、強い香りが車内に充満しはじめる。アルファらしき子どもたちの目の色が変わるのがわかる。俺は急いで、自分が持っている薬を引率の先生に渡す。
「これをアルファの子に──」
「は、はい。ありがとうございますっ」
とはいえ、あまり効果は期待できない。なぜなら、初めて目にするオメガのヒートに当てられる可能性のほうが高いからだ。俺だって、抑制剤を飲んでいなければ、冷静ではいられないだろう。救急車も呼んでいるらしいが、果たして間に合うのか。
このままではまずい──。
「係員さん……難しいかもしれませんが、念のため、オメガの抑制剤を分けてくれるお客さんを、アナウンスで呼びかけて探してください」
「わ、わかりました」
オメガの発情期は一ヶ月に約一週間程度訪れる。それ事態に何かあるわけではないが、薬を飲まないと、動けないほどの興奮状態になることがある。ひどい時は泣き出したり、暴れたりしてしまう。過呼吸になる子も多く、そのまま外出すると、アルファに襲われる危険性もあり、目を離せない。
『お客様の中に、オメガの薬をもっている方はお近くの係員までお申し付けください──繰り返します……お客様の中にオメガの……』
アナウンスは続いているが、いっこうに現れる気配はない。
この子たちだけ、なんとか別の車両に隔離するしかないか──そう考えた時、後ろの扉がひらいて声がかかる。
「おまたせ。圭悟くん。わお。これはすごい人数だね」
カヲルが高校生の団体を見て、素直な感想を言う。てっきり心配して見にきたのかと思った俺は、彼に戻るよう促す。
「カヲル……すまない。まだかかる。もう少し待って──」
「ボクのをあげるよ」
「何?」
カヲルがポケットから薬を取り出し、俺に差し出す。
「薬が必要なんでしょ? 嘘ついててごめん。ボクはオメガだよ。圭悟くん」
その時の笑顔が、俺にはひどく悲しそうにみえた。
「はい。これ飲んで」
俺が動けないでいると、カヲルは自ら、ヒートに苦しんでいる子達に薬をあげ、薬剤師として、処方の説明も忘れずに付け加える。三泊四日の旅行……一日三回の服用だから一二回分はあるだろう。
「はいどうぞ。まだもらっていない方、いますか?」
ほどなく全員に行き渡ったようだ。充満していた甘い香りが、薄らいでいくのがわかる。さらにまだ薬の残りがあるのか、引率の先生に渡して、男子生徒のオメガがいたら分けてあげてほしいと言葉を添えていた。
「ありがとうございますっ!」
引率の先生はほんとうにほっとしたようだった。修学旅行中にレイプ事件など、目もあてられないだろうから。
「朝までなら一錠で十分でしょう。落ち着いたら救急外来で薬をもらってください。じゃあ、ボクは戻──っ……!」
かくっと膝を折って、カヲルがその場に倒れこむ。
「カヲルっ!?」
「はあ……ああ、まいったな。まだ大丈夫な予定なんだけど。人ってよく出来てるね。生命の危機を感じると、子孫を残したくなるってことか……どおりで、ほかのオメガが薬を提供しにこないわけだ……」
なるほど、などとひとりごちているカヲルの腕をとって、肩にまわして立たせる。
「ひとまず、席に戻るぞ。それから、早くタクシーをつかまえて外に出よう」
「……うん。ありがとう。圭悟くん」
呼吸が荒くなるカヲルを抱きかかえて席にいったん戻り、荷物を持って外に出るが、さっきまで何もない田園風景だったのに、今は迎えの車やタクシーでごった返している。しかも、誰がどのタクシーを呼んだのかわからないほど人が多く、タクシーの取り合いでトラブルにもなっているようだ。
「……呼んだところで、あそこの乗り場までたどり着けそうにないな……」
「かなりの長蛇の列だね。朝までかかりそう」
俺は予定していたホテルをキャンセルし、携帯電話で近くの宿泊施設を検索して、徒歩で行くことにした。
「んっ……ふぅ、ふぅっ……」
「カヲル? 大丈夫か?」
「うん? あ、ごめん。ちょっとしんどくて。肩、貸してくれない?」
「あ、ああ……」
「ありがとう」
熱い。カヲルから、甘くて、とろけるようないい香りが立ちのぼってくる。
「ん……」
「…………」
汗ばんだ体に、上気した頬──俺が飲んでいる抑制剤の効き目は、あとどれくらいだろうか──。
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