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第4話
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「ふなつせんせ、みてみて~!」
「わあ、すごいな。大きなお城だ。先生も負けないぞ~!」
「えへへ」
病院の昼休み。小児科病棟のプレイルームの中にお邪魔し、子どもたちと積み木遊びをしていると、ふいに声をかけられる。
「ほんとに子どもが好きだな。圭吾」
「兄さん」
俺よりも一回り体格が良く、落ち着いた雰囲気の兄は、院内でも頼りにされる外科医だ。
子どもたちに、また明日遊ぼうと声をかけ、廊下で待っている兄の下へ向かう。
「ありがとう、来てくれて」
「構わないさ。ちょうど手術が終わったところだ」
そう言って、すぐ隣の病室を見やる。
「そっか。あの子の手術、うまくいったんだね」
「ああ。いい臓器といい外科医の俺がいれば、楽勝よ」
自信家の兄らしい発言に、いつも俺は元気をもらう。
「それで? 話ってなんだ? 恋人となんかあったのか?」
兄には、カヲルと付き合っていることは伝えていた。俺はここ数日の出来事を兄に話す。
「は? オメガ!? じゃ、よかったじゃん、お前子ども欲しがってたし。まだ間に合うだろ?」
兄は当然、俺がアルファで、抑制剤のせいで精子が減っていっていることも知っている。
「カヲルは、産みたくないんだ」
「ふーん?」
「俺は、子どももいらないし、その、夜、も今まで通りでいいって言ったんだ。なのに、考えたいって言われて……」
正直、あれ以上何を言えばよかったのかわからない。どうすれば、彼を失わずにいられるのだろうか。
「……圭吾。微糖とブラック、どっちがいい? さっきもらったんだよ。手術おつかれさまって」
そう言って、俯いていた俺に、兄がふいに缶コーヒーを差し出す。
「じゃあ、微糖……」
手に取ろうとしたとき、ブラックコーヒーを押し付けられる。
「お前、ブラックが好きだろ? なんで微糖にしようと思った?」
「……兄さんだって、ブラックが好きだから」
「俺に遠慮したってわけだ」
兄がふふんっと鼻で笑う。
「何が言いたいんだよ」
そう拗ねると、缶コーヒーをぽんぽんと片手で投げてキャッチしながら、兄がなつかしむように話し出す。
「……お前、昔からそうだよな。本当は保育士になりたかったのに、医者の家系だからって小児科目指すことにしてさ。んでもって、次は友人のオメガに死なれて、そこから結局、泌尿器科の先生だ」
「……納得してる」
「でも、週に何度も小児科病棟の子どもたちと遊ぶくらいには、子どもが好き、だろ?」
「…………」
「看護師たちも言ってる。お前がいない時は、大体小児科 にいるってな」
「……子どもたちと遊ぶと、すごく楽しいんだ。好きなものに素直で、欲しいものは欲しいって言う……俺には、それがないから──」
なんとなく思っていたことを言語化してみると、意外にもしっくりくるものがあった。
「欲しいものがない? ほんとに? 子どもたちを見習って、欲しがってみろよ」
そう言って兄が俺の頭をぽんと撫でて去っていく。
「欲しがるって……言ったって……」
俺が欲しいものは──そう思った時、抑えつけている欲望が顔を出しそうになり、俺は考えるのを止めてしまった。
「カヲルがいれば良いっていうのも、嘘じゃないのに……」
俺は押し付けられたブラックコーヒーを、そっとポケットにしまった。
***
午後の診察が終わり、当直医に引継ぎをして帰ろうとしているときだった。電話が鳴り、女性薬剤師が困惑した声で話し出す。
「あ、あの、小鳥遊主任の様子がおかしくて。うなされたみたいに、舩津先生の名前を呼んでて──」
「!? すぐに行きます」
おそらくヒートだろう。だがどうして? 彼が抑制剤を飲み忘れるなんて考えられないというのに──。
***
「カヲルっ!?」
白衣のまま、なりふり構わず正面から乗り込んでしまい、そこにいた患者さんを、何事かと驚かせてしまった。
「あ、舩津先生、こちらですっ」
「お願いします」
薬局の裏手にある駐車場に案内され、そこに停めている白いSUVの車の後部座席にカヲルがいた。
「ッツ──」
横になったまま目を閉じ、ひどい汗をかいているようだ。むせかえるような甘い匂いが、車の窓を閉めているのに、こちらに伝わってくる。
(やっぱりヒートだっ……でも、どうして)
あれからまだ二週間だ。薬も飲んでいるだろうに、不規則過ぎる。
「ここ最近、調子が悪そうで、今日はとくにひどくて、舩津先生を呼んでほしいって言われたので──」
「俺、を……?……」
それはアルファとして? それとも、恋人として? どちらなのだろうか──。
「あの、舩津先生?」
「え、あ、すみません。連絡ありがとうございます。ちょうど仕事も終わったので、このまま連れて帰ります」
「よろしくお願いします」
彼女はおそらくベータだろう。この匂いにまったく気づいていないようだ。俺は理性が飛びそうだというのに──。
どうする? このまま放っておくわけにはいかない。俺はひとまず、自分の車をこちらにまわし、カヲルを移動させることにする。
「カヲル、大丈夫か? 動けるか?」
後部座席のドアをスライドさせ、声をかける。車内は思いのほか涼しく、甘ったるいフェロモンの香りを打ち消すクーラーの冷気に救われる。
「ぁ、けいごくん?」
「ああ、よかった。今から家に──ッン!?」
だが両腕が首に巻きつき、そのまま後部座席に引きずり込まれてしまう。クーラーの効いた車内では、余計にカヲルの熱さが引き立つ。唇が重なり、彼のかわいい舌が、俺の口内を犯す。
「はっ、カヲッ……んっ、だ、めだっ、しっかりしてくれっ……」
「はっ、抱いてっ、けいごくんっ!」
「ッツ!?」
ヒートで朦朧としているのは明らかだ。わかっているのに、潤んだ瞳で誘われると、どうしようもないくらい箍が外れそうになる。
「よせっ、カヲルっ──ッツ」
首筋を舐められ、熱い舌に理性がとろけていくのがわかる。ダメだ、これ以上はもたない。
「けいごくんの、欲しい──」
「────ッツ!?」
耳にしっとりと吹き込まれながら、下半身を握りこまれ、俺の理性は完全に消し飛んでしまった。
***
「ンッ、んぁ、あ! はやくっ! いれてっけいごくんっ!」
ヒートのオメガの身体は、どこもかしこもやわらかく、甘い匂いがして、俺は夢中でしゃぶりついてしまう。胸も、腹も、吸いまくりながら、後ろに指を入れる。あまりのやわらかさに、乱暴にかき混ぜてしまう。
「あぁ、ゆびやだあっ」
そう言って、俺のズボンのベルトを外し、下着の中に手のひらを差し込んでくる。
「ッツ! カヲルっ……だめだっ」
カヲルが握りこむたび、彼の中がいやらしくうねって、俺の指にしゃぶりついてくるのがわかって、脳髄が痺れてくる。
「けいごくんっ、もう、ちょうだいっ」
「んっ! く、ダメだと言ってるっ!」
だが、俺の体も全く言う事を聞いてくれない。ダメだと言いながらも、中をほぐす指の動きを止められない。
「ハァッ、ハアッ」
やわらかい、いれたら、きもちいい、たまらない、はやく、はいりたい、ぐちゃぐちゃにしたい──ハアッ、ハアッ、ハアッ──
唇を重ね、欲望を逃がそうとするが、切羽詰まった吐息に煽られ、頭がばかになっていく。
「んはっ、お〇んちん! けいごくんの、お〇んちん、ほしぃっ」
「ッツ、カヲルっ!」
綺麗な顔から出た下品な言葉に、脳内が真っ赤に染まってしまう。俺は理性を失くして、カヲルのズボンを乱暴に脱がし、彼の足を両肩に担いだまま、ひくつく場所へ、ゴムも無しに突き立ててしまう。
「んぁああっ! ああっ、ああっすごいっ、いいっ! きもちぃっ!」
「カヲルっ すごい、吸いついてくるっ!」
とろとろで、きゅうきゅうしまって、すいついてはなしてくれない、きもちいい、いい、なんだこれ、
とける──
「ぁっ、けいごくんのっ、かたいの、こすれてっ、きもちぃっ! もっとじゅぽじゅぽしてえっ」
「カヲルッ!」
ぎゅっと抱きしめ合い、舌をむさぼり合う。
目の前に、おいしそうな白い首筋がさらされ、頭がぐらぐらしてくる。
「ッツ」
かみたいかみたいかみたいかみたいかみたいカミたい噛みたいっ────!
「けいごくんっ、すきっ! だいすきっ」
「ッツ──」
寸でのところで理性がわずかに蘇る。
今、好きって言ったのか──?
そうだ、カヲルは大切な人だ。わけもわからず、噛んでいいわけがない。
「ッツ!」
代りにガブリと自分の腕を噛む。ほんの一瞬だが、我を取り戻すことができる。だが、一瞬だ──。
「んっ、だしてっ、なかっ! けいごくんのせーし、だしてえっ!」
「それはっ、ダメだっ、カヲル、くぅッツ──!!」
きゅうきゅう締まる後孔に、俺は搾り取られるように射精してしまった。
***
俺はあの後、慌てて同僚の産婦人科医に事情を話してピルを処方してもらい、ほとんど気絶するように眠ってしまったカヲルに飲ませ、車で家まで送り、体を清めてベッドに寝かせた。
「ん……けいごくん……」
眠っていると、よけいおさなく見える。年上なのを忘れてしまいそうだ。俺は額にかかった髪の毛をかき上げ、寝顔を見つめる。
ふいに、先ほどの獣じみた行為と、ピルをお願いしたときの同僚の産婦人科医の何とも言えない冷たい視線を思い出してしまい、俺は頭を抱える。
「オメガのヒート……想像以上だな……」
子どもを強く欲すると聞いてはいたが、まさかあそこまでとは思わなかった。なにより、抑制剤を飲んでいたのに、それに抗うことができなかった。
(……抱かれたくなかったのに、俺にやられたって知ったら……)
それも、経験がないと言っていた。大事な初めてを、あんな形で、俺が奪ってしまった。
「ごめんっ……カヲルっ……」
今まで通りなんて、無理だ。
俺は、カヲルを抱きたくて仕方ないんだ──。
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