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第12話
昼が近づき、ジークはチルを街の外れへと連れていった。そこは王都の喧騒から少し離れた、静かに木々の揺れる穏やかな場所だった。
案内されたのは、木漏れ日が心地よく降り注ぐテラス席。白いクロスがかけられたテーブルの上には、この店自慢の料理がずらりと並んでいた。
「……わぁっ!」
チルは思わず声を上げた。目を見開き、胸の奥で小さく息を呑んだ。
「……すごい。まるで…物語の中みたいです。こんなに素敵な場所があるなんて!」
テーブルの上には、香ばしいパイ包みスープに、野菜と仔羊のロースト。瑞々しい果物の盛り合わせと、爽やかな香りのハーブティーが彩りを添えている。
席についたチルは、まだどこか夢を見ているような表情のまま、そっと息をついた。頬がふわりと紅に染まり、けれどすぐに穏やかな笑みがこぼれる。
「ジーク様……ありがとうございます。こんなに嬉しいのは、初めてです」
「そうか……それはよかった。君が喜んでくれるなら、次はもっと驚かせたくなるな」
ジークはやわらかな微笑みを浮かべ、まっすぐチルを見つめた。
その視線に胸がきゅっとなる。けれど、ジークの穏やかな声に背中を押されるように、チルもそっと笑みを返した。
姿勢を正して椅子に座り直す仕草にも、どこかいつもより軽やかさが混じっている。
そっとスプーンを口に運べば、スープのやさしい温かさが心まで染み込んでいく。頬がふわりとゆるみ、自然と笑みがこぼれた。
「……美味しいっ!これ、すごく美味しいです。口の中で、香りがふわって広がって……」
スプーンを置き、思わず手を合わせた。
「ジーク様…今日は本当に嬉しいです。幸せ、って、こういう感じなんですね」
チルは無意識のうちに、ふわふわとした気持ちを抱えたまま、ジークの方を向く。
「さっきの市場、面白かったか?」
「はい……!あんなに人がいて、すごくにぎやかで。それに、いろんなものが並んでて……すごく楽しかったです」
「ふふ。じゃあまた、はぐれないように気をつけないとな」
ジークがいたずらっぽく笑いながら言う。さっき繋いだ手のことを、やんわりと思い出させるような響きだった。
その意味に気づいて、チルはぱっと顔を上げる。ジークと目が合い、はっとしてすぐに視線を逸らすと、ジークが楽しそうに笑い声を上げた。
「今日は、一段とチルの色が見える」
テーブル越しにチルの頬をジークは撫でた。あまりにも自然なしぐさで、チルは一瞬呆然とした。
「……っ、ジ、ジーク様…ここは外です」
まさか外で、いつものように頬を触れてくるとは思わなかった。チルは真っ赤な顔で伝えるが、ジークは気にしていない様子で、ふっと笑う。
「外でも…誰が見ていようと、構わない。君は俺の色だよ」
その低く穏やかな声に、チルの胸の奥がまたひとつ、きゅうっと音を立てて鳴るようだった。
食事を終え、ゆっくりと歩いて向かったのは、王都の外れにある果樹園だった。
季節ごとに香りや彩りを変えるその場所は、ジークが昔からひそかに好んでいた場所だという。
ふたりで並んで歩いた先には、風に枝葉が揺れ、熟れた果実の匂いがほんのりと漂う、静かなあずまやがあった。心地よい風が通り抜け、葉のすれあう音が涼やかに響いている。
「ここ、小さい頃から、よくひとりで来ていたんだ」
ジークはそう言って、木陰に置かれた小さな椅子をチルにすすめる。
「おひとりで……ですか?」
「そう。嬉しいことがあった時も、つまらないことで悩んだ時も。子どもの頃は叱られて、ここでこっそり泣いたこともある」
ジークは少し照れたように笑い、どこか懐かしそうに空を仰いだ。
その穏やかな横顔に、チルも自然と微笑みを返す。静かな空気のなかで、ふたりの距離がすっと近づいたように感じた。
「だからな。ここに、君を連れてきたかったんだ」
「……わたしを?」
驚いたように見上げるチルに、ジークは笑いながらやわらかく頷いた。
「そう。チルを」
隣に座ったジークの手が、そっとチルの頬に触れた。温かな指先に触れられた瞬間、胸の奥がふわりと波打つ。
少しだけ近すぎる距離に、息遣いまで意識してしまう。頬が熱を帯びていくのを自覚しながらも、視線を外すことができなかった。
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