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第23話

薄く閉じたまぶたの向こうから、微かな光を感じた。静かな、温かな空気に包まれている。 チルはゆっくりと瞼を開けた。 そこは、見覚えのある部屋だった。 天井から垂れる高い天蓋のカーテンに柔らかい寝具の感触…ジークの寝室。 前にも一度、気づけばこの場所にいたことをゆっくり思い出す。その記憶が、胸の奥にじんわりと温かく広がった。 そしてすぐ隣に、あの大きな体温があった。ジークがチルの横で静かに横たわっていた。穏やかな瞳が、ただチルだけを見つめている。 「……目が覚めたか」 低く、優しい声が耳をくすぐった。 ジークは、安心させるようにチルの髪に手を伸ばす。くしゃりと撫でる、その手のひらはどこまでもあたたかい。チルの喉がきゅっと詰まった。 「大丈夫か……チル」 頬に触れる指先は、恐れるように、優しく丁寧だった。 チルは、何が起きたかを思い出す。王女のこと、図書室、ジークの声。ハッとして体を起こそうと身をよじる。 「っ……!」 だがその瞬間、ジークの手がそっと肩に触れ、動きを止めた。 「いい。無理に起き上がらなくていい。そこにいるだけで、もう充分だから」 ジークの声があまりに穏やかで、チルの胸に何かがこぼれ落ちる。背中に残る重みと、肩を支える手のぬくもりが、静かに身体を包み込んでいく。 そしてジークは、確かめるようにチルを見つめながら、ぽつりと呟いた。 「遅くなって、悪かった」 その一言に、胸に染み込んでいた想いが、あふれそうになる。 「ジーク…様…」 小さな、小さな声。 でも、それは必死に呼びかけた、まぎれもない想いだった。 ジークのいない日々。眠れない夜。図書室を追われ、部屋でただ時間をやり過ごした日々。 どんなに本を手にしても、どんなに資料を作っても、心の奥はぽっかりと冷えていた。 でも、今。 ここにジークがいる。声が、腕が、ぬくもりが、全部、すぐそばにある。 ジークは、ぎゅっとチルを抱き寄せた。 「……ずっと、ひとりで頑張ってたんだな」 耳元で、低く甘やかな声が転がる。 そっと背中を撫でる大きな手が、今までの孤独を一つずつほどいていくみたいだった。 チルは、ぎゅっとジークの服を掴む。そして、そっと首を横に振った。頑張ったなんてことはない。ただ、必死だっただけだ。 ジークは、そんなチルを抱きしめたまま、そっと額に口づけた。 「……チル」 甘やかすように、優しく、名前を何度も呼ぶ。その声が、まるで壊れた心をゆっくり縫い合わせていく。 やがて、ジークはほんの少しだけ身体を離した。至近距離で、チルを見つめる。 「あのとき置いたままの言葉が、ずっと胸の奥に引っかかってた」 金の瞳が、ただ真っ直ぐにチルを捉える。 「……俺が背負うべきことも、片付けなきゃいけない問題も、何ひとつ終わってなかった。そんな中で、言葉だけ先に渡すのは、どうしても違う気がしてた」 その声は低く、真剣で、どこまでもまっすぐだった。チルは、思わず息をのむ。 「ジーク様……」 ジークは、微かに息を吐き、それでもまっすぐに言葉を紡ぐ。 「……ちゃんと、伝えたかった」 かすかに震える声だった。けれど、その瞳に迷いはなかった。 「俺は、君に……心から恋をしてる」 まっすぐで、力強くて、温かい告白。 「ただ守りたいだけじゃない。一緒に生きていきたい」 「笑って、泣いて、触れて、君と全部を分かち合いたい」 そっとチルの頬に手を添えて、金の瞳で見つめながら、はっきりと続けた。 「愛してる。……君が欲しい。君だけが、俺の色だ」 優しく触れる指先。まるで、二度と離さないと誓うみたいに。静かに、でも確かに、ジークの想いがチルの胸に満ちていった。 ジークの言葉が、胸の奥に深く、深く沁み込んでくる。チルは、息をするのも忘れたみたいに、ただジークを見つめた。 「……」 喉の奥がきゅっと詰まって、すぐには言葉が出てこなかった。 それでも…チルは、震える手を伸ばした。 ジークの服の胸元を、ぎゅっと、掴む。 自分なんかが、ジークに相応しいんだろうかと思う。だけど…… 「……わ、私も…ずっとジーク様が…好きでした」 かすれる声で、チルは必死に言葉を紡ぐ。 今にも消えてしまいそうな声だったけれど、はっきりと届いた。 「……好きで、好きで……ずっと、会いたくて……」 「でも、私なんかがって……思ってて……」 小さく震えながらも、言葉を途切れさせず、チルは必死に伝えた。もう、自分の気持ちをごまかすことなんてできない。胸の奥から溢れてくる想いを、押し隠すこともできなかった。 国王陛下に恋をするなんて、考えただけで恐れ多いと思っていた。だけど、いつも思い浮かぶのは、ジークの顔だった。あの笑い声、あのまなざし。 「陛下」としてではない。「ジーク」というひとりの人間に、チルはずっと、恋をしていた。 それを、ようやく、ちゃんと自分で認めることができた。 ジークはそんなチルを、そっと両腕で包み込む。 「バカだな……」 喉の奥で押し殺すような、優しい叱る声。 「俺には、君しかいないのに」 チルの頭を抱き寄せ、額を、髪を、頬を、何度も何度も撫でる。 「ずっと……チルに会いたかった」 「君の声が、笑顔が、あたたかさが、欲しかった。ずっと…君が必要だった」 チルをぎゅっと胸に抱きしめながら、ジークは震える声で囁いた。 「愛してる、チル」 「君がいてくれるなら、俺は何度でも立ち上がれるんだ」 ジークの手は、優しく、けれど絶対に離さないと誓うように、チルを抱き締め続けた。 温かくて、力強いその胸の中で、  「わ、私も……私も、です……ジーク様」 絞り出すように返した言葉に、ジークが小さく笑った。そしてもう一度、チルを抱き寄せた。 「チル…」 まるで、大切な宝物を、二度と離さないと誓うみたいに。

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