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第24話

チルが、そっとジークの胸に額を押し付けると、ジークは静かに、深く息を吐いた。 そして、低く穏やかな声で囁いた。 「……マイロから、全部聞いていた」 チルは顔を上げる。 ジークの瞳は、穏やかだけど、深く、どこまでも真剣だった。 「君が、どれだけ……たったひとりで、ここを守ろうとしてくれたか」 ジークの声には、押し殺した怒りと、悔しさ、そして計り知れないほどの愛しさが滲んでいた。 「本当は、すぐにでも戻りたかった。でも、隣国との交渉は難航して、手を離せなかった」 ジークは一度だけ、目を伏せる。その奥にあるものを、言葉にするように。 「王女がこの国に入ったと聞いたときには、もう俺の動きはほとんど封じられていた。先に動かれたのは、完全に計算されていたんだ」 軽く吐き出すように言いながらも、その声には深い怒りと悔しさが滲んでいた。 「君に全部を背負わせることになってしまった。……本当に、すまない」 そして、低く穏やかな声で囁いた。 「マイロが、君の様子を報告してくれていた。それだけが、俺を支えていた」 チルは、はっとしてジークを見上げた。 「マイロが……?」 ジークはうなずく。 「マイロは、俺とカイルが任命した護衛だ。君のそばを離れず、ずっと守ってくれと伝えていたんだ」 ジークは、言葉を選びながら、静かに続けた。 「王女が動くのは、ある程度想定していた。だからこそ…万が一に備えて、君の傍に誰かを置く必要があった。マイロはそのために…君を守るために、ここにいた」 図書室でマイロが自ら「護衛」と名乗ったことは、チルも確かに聞いていた。それがマイロの言葉どおり、ジーク自身の依頼だったと知り、チルは小さく息を呑んだ。 「……それでも、遅かった。本当に、すまなかった」 そう言って、ジークはチルをぎゅっと抱きしめた。 「……ジーク様」 チルはそっとジークを見上げ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「マイロは、ずっと、私のそばにいてくれました。不安なときも、寂しいときも、支えてくれて……」 あの長い夜も、孤独に押しつぶされそうになったときも、マイロは当たり前のように隣にいてくれた。 「だから、怖くなかった……マイロのおかげで…待つことができました」 ふと、チルは小さく微笑んだ。 「それに、こうして、ジーク様にもう一度、会えました」 言葉にすると、胸の奥があたたかく震えた。本当に、心から嬉しかった。 チルは少し顔を伏せ、けれどはっきりとした声で言う。 「……おかえりなさい。ジーク様」 その声は、どこまでも素直で、震えるほどの想いが込められていた。 チルの頬に、そっと優しい指先が触れた。 驚いて顔を上げたとき、すぐ目の前にジークの真剣な眼差しがあった。 そして、何も言わずに、ゆっくりと顔が近づいてくる。 息が止まる。 次の瞬間、チルの唇に、ジークの唇がふれた。それは、そっと確かめるような、柔らかなキスだった。でも、すぐにチルが逃げないことを知ると、ジークは深く、深く口づけてきた。 熱が、体の奥に落ちる。 チルはただ、必死にジークにしがみついた。小さな体がジークの腕の中にすっぽりと包まれ、優しくも強く抱きしめられる。 キスはだんだん深く、苦しいくらいに重なった。離れそうになるたび、また引き寄せられる。ジークの手が、背中を撫で、首筋に回り、さらに強く抱き寄せてくる。 「……すまん、チル」 耳元に落ちた低く震える声。 額をコツンとくっつけたまま、ジークは苦しそうに言った。 「君を……こんなふうにして、すまん。でも……もう、どうにもならない」 その声に、チルの胸がきゅっと締めつけられた。 怖くない。 恥ずかしいけど、怖くない。 むしろ、嬉しくて、愛おしくて、涙が出そうだった。チルは小さく首を振った。 「……だいじょうぶ、です……」 掠れた声でそう答えると、ジークは堪えきれないように、またチルに深く口づけた。 チルは静かに目を閉じた。 ジークの熱も、震えも、すべてを受け止めたいと思った。次の瞬間、またそっと、けれど離す気のない口づけが降ってくる。 柔らかくて、熱いキス。まるで確かめるみたいに、何度も何度も触れてきた。 チルはもう、目を閉じて、ただそれを受け入れるしかなかった。唇に、頬に、瞼に、こつんと額に、触れるたびに、ジークの手が優しくチルを撫でる。 「……チル」 低く掠れた声で、名前を呼ばれるたび、胸が甘く震えた。 キスの合間に、ふっとジークが顔を上げる。だけどすぐに耐えきれないように、またチルに唇を落とす。 もう、呼吸するのも惜しいみたいに。 触れるたびに、ジークの体温がどんどん移ってきて、チルの身体も、心も、ふわふわと熱に溶けていく。 甘くて、苦しくて、それでもどうしても、離れたくなかった。チルは、小さな手でジークの身体をぎゅうっと抱きしめる 「……君が、好きだ」 ジークが、苦しそうに呟いた。その声が、ひどく優しくて、チルは胸の奥がきゅうっと締め付けられる。 「君を、いっぱいにしたい。もう…離したくない」 囁かれたその言葉に、チルは顔まで真っ赤になりながら、ジークにぎゅっとしがみついた。 ジークの腕は、そんなチルを愛おしげに抱きしめ、また唇を重ねてきた。 どこにも逃げられない。 でも、逃げたくない。 チルは静かに、ジークのシャツの裾を掴みながら、小さな身体を預けた。 ジークのキスは、深く、甘く、チルを溶かすように、さらに続いていった。

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