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第25話

ジークは、チルを腕の中に閉じ込めたまま、深く深く息を吐いた。その吐息さえ、熱を持って、チルの耳を焦がす。 「……今すぐ、君を奪いたい」 低く、抑えた声で、ジークは囁く。胸に響くような音だった。 「だけど」 そう続けるジークの声は、どこまでも苦しげで、どこまでも優しかった。 「……今、国を預かる俺には、やらなければならないことがある」 言いながらも、ジークの手はチルを離そうとしなかった。指先が、チルの背を、腰を、確かめるように撫でる。まるでその存在を確かめるように、名残惜しく触れ続ける。 「だから、もう少しだけ待ってくれ。すぐに戻ってくる」 ぎゅっと、ジークはさらに強くチルを抱きしめた。 「その時は、君を……俺だけのものにする」 吐き出される言葉ひとつひとつが、熱く、甘く、胸を締め付ける。 チルは、ただ震えながら、ジークの胸に顔を埋めた。逃げることなんてできなかった。温もりが、強く優しく、そこにあった。 ジークは名残惜しそうにチルをゆっくりベッドに座らせると、指先でチルの頬を撫でながら、低く命じた。 「この部屋から、絶対に出ないでくれ」 金の瞳が、真剣にチルを見据える。 「誰にも触れさせない。誰にも渡さない。君は、ここで俺を待っていて」 宣告するように甘やかで、どこまでも独占欲に満ちた声。 チルは、ただ胸がきゅうっと締めつけられて、頷くしかできなかった。 ジークは満足そうに微笑むと、もう一度だけチルの額にキスを落とし、旅装のまま、鋭く背筋を伸ばして、最後に一度だけ振り返った。 「必ず、帰ってくるから」 それだけを言い残して、ジークは静かに部屋を後にした。ドアが閉まる音がした瞬間、部屋にはチルひとりだけが取り残された。 「…………」 チルは、ぽつんとベッドの上で座っていた。ジークがいた場所に手を伸ばす。あたたかさが、まだそこに残っている。 さっきまで、あんなに強く、優しく、抱きしめられていた。あの瞳で、あんなにも真っすぐに見つめられて。耳に残る、低く甘やかな声。 『君を、俺だけのものにする』 思い出しただけで、心臓が暴れた。胸がどくん、どくん、と熱く脈打つ。顔が、信じられないほど熱い。 「……どうしよう」 チルは膝を抱え、真っ赤になった顔を隠す。ジークの残した温もりに包まれて、震えそうなほど体中が熱い。 俺だけのものにするって…わかっている。 抱かれるってことだろう。 そこで思考がぷつりと止まった。 ぐるぐる回る頭の中。不安と、期待と、喜びと、怖さといろんな感情がぐちゃぐちゃになって押し寄せる。 でも、それでも、ひとつだけ確かだった。『ジークに求められてる』その事実だけが、胸の奥で、あたたかく燃えていた。 チルは、ベッドの上でぎゅっとシーツを握りしめる。そして、静かに、覚悟を決めた。 次にジークが戻って来たとき、もう、逃げない。全部を受け止めると、今、そう決めた。

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