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第34話 【番外編ジーク1】

「陛下、かなり無理があります。皆さんも、『なぜ今日は図書室が立ち入り禁止なんだ』と口々に言っています。王宮とはいえ、これ以上は国民の怒りを買いますよ。午後には必ず開放してください。昼まで…昼までですからね」 わざとらしいため息とともに、カイルがきっちりと小言を言ってくる。 「わかってる、悪いな。あとを、頼む」 今日は図書室を一時的に立ち入り禁止にした。一日中封鎖したかったが、それはさすがに許されなかった。昼まで……とカイルに叱られながら、譲歩した形だ。 「ちょっとだけ、よろしくな、マイロ」 マイロに視線を向けるが、マイロは困った顔でカイルを見上げる。 カイルはマイロに甘いから、マイロを巻き込めばと、期待したが、今回はどうやら無理らしい。 ため息をつきながら、ジークは王室を後にする。 広く長い廊下をいくつか渡れば到着する場所に向かう。 図書室につながる廊下が好きだとチルは言っていた。晴れた日は高い窓から青空が覗き、雨の日は透明な雫が細く線を描く。 晴れでも、雨でも。毎日違う表情を見せるこの廊下が好きだと、チルは嬉しそうに話してくれた。 静かな廊下を、ゆっくりと進む。 __いつからだったろう。 空の青さも、花の赤も、草の緑も。 目に映っていたはずなのに、心には何ひとつ届いていなかった。それが何色だろうと、自分には関係ないと思っていた。必要のないものとして、生きてきた。 けれど。 君に出会ったときから、世界は変わった。 震える手で、書物を差し出した君。 それを受け取ったとき、俺は初めて、興味を持った。 君の周りにはいつも光が集まっている。 差し込む光が陰影を作っていた。 柔らかく降り注ぐ光に、やわらかそうな髪、緊張した頬、すべてが映えていた。 眺めているうちに、気づいてしまった。 もっと知りたいと… 君の手の温度、息遣い、瞳の色。 すべてを、もっと、近くで。 今では、君の呼吸にさえ、色が見える。 __図書室の前で、ジークは立ち止まる。 手を見ると、いつもより白く見えた。 緊張している自分に、苦笑いする。 深く息を吸い、扉を押し開ける。 カラッ、と静かな音が鳴った。 その向こうから、まばゆい光が差し込む。 「ジーク様っ! お昼、一緒に食べられそうですか?」 駆け寄りながら、チルはぱっと顔を輝かせる。 「なんとか時間をもぎ取ってきた。カイルが意外とスパルタなんだ」 笑いながら、チルを抱き寄せた。 柔らかく、温かい。 昨日、夢中になって口づけをした痕が、服の下に隠れているのを知っている。 あれも、君の色だ。 「たまごのサンドイッチです。それと、イチゴ!ジーク様、イチゴ好きでしょう?ほら、真っ赤に熟れてるんです」 いちごの赤。 チルが嬉しそうに語るたび、俺はこの世界の色を、知っている気がする。 本当に見えているのか、そう思い込んでいるだけなのか__時々、自分でもわからなくなる。 だけど、チルが笑って「赤」だと教えてくれるなら……それだけで、十分だった。 「チル」 静かに呼ぶと、チルはふわっと振り向いて、まるで花が綻ぶみたいに笑った。 その笑顔を見ながら、ジークは口を開いた。 「俺と、結婚してくれないか」 一瞬、時が止まったように静かになって、次の瞬間、チルの頬が、ぶわっと一気に赤く染まる。 ……ほら、もうわかっている。 君の癖も、色も、すべて。 『色を取り戻した王は、富をもたらす』? __笑わせるな。 取り戻したいと思ったことなんて、一度だってない。 色は、誰かに与えられるものじゃない。 自分で見つけて、自分の手で塗り重ねるものだろう。 君という色で、俺は世界を塗り替えた。 俺は、君のおかげで、本当に生きている。 __君は、俺の色だ。 柔らかく微笑みながら、ジークは心の中でそっと囁いた。 end

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