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【2話:たぶん、番かもしれない】
体育の授業。2クラス合同で、基本的には第一性別に分かれて行う。今日は、紅白に分かれてサッカーをすることになった。先生が適当にチームを分ける。ハルトは赤、レオンは白チームだ。
運動神経が抜群のレオンのもとには、味方からパスが回ってくる。レオンはそれを器用に受けて、また味方へパスをつないでいた。バドミントンをしている女子から黄色い声が飛んでくる。
ハルトと同じチームの誰かが「朝倉がいるのずりぃ」とこぼす。それを聞いたハルトは汗を拭って思った。
ハルト (朝倉にパスが集まんならマークすればいいんじゃね?)
体を動かすことが目的のため、ポジションやルールは厳密に守る必要はない。そもそも、ハルトも自分がオフェンスなのかディフェンスなのかもよく分かっていなかった。
ゴールキックからいくつかのパスが通り、ボールがレオンの方へ飛んできた。
どうせ敵わないと、チームメンバーはやややる気をなくしている。ハルトは、それがなんだか「アルファに負けた」ような気持ちになって、少し気持ちがざわついた。
いつもなら自分から近づいたりはしないのに、気がつけば小さい苛立ちを払うように駆け出していた。
レオンの前に出てボールをカットしようとしたとき、勢い余って体当たりのようになってしまった。レオンはとっさに、飛んできたハルトを抱きかかえる形で、地面に転がる。
お互いに気づく。汗の匂いに交じるお互いの香りに。
頭がクラクラとする。鼓動が早くなる。同時に理解した。
今一番近くにいる相手が『番(つがい)』であると。
レオンは何度かまばたきをしてから、口を開いた。
レオン 望月、お前…
ハルト …ッ!
ハルトは慌てて立ち上がり、心配するクラスメイトを避けてコートの端へ移動した。友人の佐藤と田中がその後を追う。それを見ながらレオンもゆっくりと立ち上がった。小走りで教師が駆け寄ってくる。
教師 朝倉、大丈夫か?
レオン はい、怪我などはしていません
教師はレオンの言葉が本当か、視線で確認したあとでハルトの方に向かっていった。その時、チャイムがなって授業も終了する。教師が、教室に戻っていいぞ、と声をかけると、生徒たちは不安そうにしつつもそれぞれ歩き出した。
レオン (…こんな近くに居たのか)
普段からフェロモン抑制剤を使っているのだろう。だから今まで気づかなかった。
それに、同じクラスだったが、今まで話したこともない。きっと体を動かしたことで体温が上がって、お互いにフェロモンが漏れたのだ。香水も体温が上がると香りが広がるという。
レオンはそう結論づけた。
番が見つかってしまった。そのうち、本能が反応すれば、生涯の相手になるんだろう。レオンは、小さくため息をついたあと、服の裾を一度ぎゅっと握ってから、コートを後にした。逃げられない「運命」の重圧を感じながら。
教師がコート端でしゃがみ込んでいたハルトに声をかける。
教師 望月、どうした?
ハルト …何でもありません、もう大丈夫です
そう言葉では言っているが、思考に靄がかかったような感覚がしていた。心臓の鼓動も意思に反して早い。認めたくない思いとは裏腹に、体が雄弁に語っている。
ハルト (…よりによって朝倉かよ)
番と呼ばれる運命の相手が、アルファとオメガにはいると言う。出会えるかは分からないが、出会ってしまえば離れられない。そんな存在だと、いつかの歴史だったか保健体育だったかで習ったっけ。
深呼吸をしてから、教師に告げる。
ハルト 朝倉のフェロモンに当てられただけです。抑制剤飲んでるんで、大丈夫っす
教師 そうか、望月はオメガか…。朝倉ぐらいのアルファだと、周りのオメガは大変だなぁ
悪気なく吐かれる「オメガはアルファに逆らえない」という偏見に、ハルトは内心で舌打ちをした。
そういう奴がいるから、オレはオメガが嫌いなんだ、と頭の中で付け加える。しかし、教師は気づかない。心配そうな顔をしている。
教師 怪我がなくてよかった。大丈夫なら、次の授業もあるから戻りなさい
ハルト …はい
ハルトが更衣室で着替えて教室に戻ると、授業はもう始まっていた。体育教師から連絡が入っていたのだろう、数学担当の教師は、ハルトが教室に入ると、小さく「座りなさい」と促した。
周囲の視線がハルトに集まる。学校イチ有能なアルファと、特に目立つこともないオメガ。その二人の間に何かあったことを、ほとんどの生徒たちが察している視線。
ハルトは息が詰まる思いを、教科書に集中することで追い払った。
チャイムが鳴り、1日の授業が終わる。ハルトは急いで帰り支度を始める。
田中 あれ?ハルト、今日カラオケ…
ハルト 悪い、今日バイト!シフト入ってたの忘れてたんだよ
田中 マジかよ、じゃあ今度にすっかぁ。ハルトの歌聞きたかったなぁ
ハルト 音痴に歌わせて笑いたいだけだろ
佐藤 あれマジで笑えっからなぁ
ハルト 性格わりぃなお前ら…、んじゃ!明日!
田中 ばいばーい
佐藤たちに手をふりながら、足早に教室を出る。階段を降りて靴箱の前まで行くと、レオンが立っていた。取り巻きも居ない。一人だ。
ハルト (…あ゙?)
気付いたハルトは、一度レオンを見たが、無視して自分の靴箱に向かう。
レオン あ…望月、体育の時間のことだが…
ハルト あー、オレバイトあるから…!
レオンが何か言いかけたが、遮りながら靴に履き替えると、ハルトは足早に離れる。
言いたいことは分かっている。ただ、話をしたら、自分がオメガだと認める事になりそうで、できなかった。
レオン (…バイト、してるのか)
望月陽翔という名前以外、何も知らなかった。自分は、バイトをしようと思ったことがない。しなくても、問題がないからだ。勉強も運動も、理解すればできてしまう。
でも、ハルトを引き止めることはできなかった。
レオン (まぁ、番なんだ。明日にでも話してみるか…)
朝倉家はアルファ家系だ。番が見つかれば、その相手と添い遂げるのがしきたり。それにフェロモンでも惹きつけ合うのだ。
望月がどう思っているかにかかわらず、自分を選ぶだろう。とはいえ、礼儀として建前でも意向をきいておかないと。
レオンはそんなことを考えながら、小さな棘が刺さったような胸の痛みを感じていた。
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